オレンジな満月  恋する女子は恐怖をも糧にする



 aikobonライナーノーツに、「オレンジな満月」解釈に関わる重要なaikoの言葉がある。引用してみよう。
 


 私ね、お月様が怖くて。大きい琥珀色したデッカイのがたまに上がってるじゃないですか。昔大きいお月様を見たら泣いてたくらい怖かったんですよ。今でも怖いんですけど、そのお月様のことなんですよね。落ちてきそうやからすごく怖くて。それをちょっとこわごわと、あえてカーテンのすき間からちょっとだけ見てるっていう、そんな怖いお月様やけど願いを託したいくらい、気持ちが届けばいいと願っている歌ですね。



 ……と、aikoの方ではかなり明確な答えは出ている。
 よって解釈は行う必要もないとも言えるのだが、そこではいそうですかと引き下がっていては、結果は生まれない。もう少し掘り下げて、自分なりの解釈を得ようと思った次第である。




「オレンジな満月」に歌われる恋愛は、正直上手くいっていない、あまり進展のない恋愛、片想い状態のものであると思われる。
「不安定な気持ちなら毎日のようにやってくるわ」と主人公は認め、「なげたボールは帰ってこない」という。――「なげたボール」は愛情のアプローチであろうか? 双方のキャッチボールが成立していない状態である。「優しかったり何もなかったり」と、ほんの少し雰囲気がよくなっても、特に何があるわけでもない。
 だがしかし、aikoも「気持ちが届けばいい」と言うように、自分の想いが伝わるように、行動を止めてはいない。「舌の奥で消毒液がニガいよ/今日も熱っぽい体に喉がいたい」と一番Aメロにあるが、体の具合が悪い時でも「あなたのナナメ45°に届くように」と思っている。そんな彼女が結局望んでいるのは、アルバムタイトルに起用されている「大きくなくていい 小さな丸い好日」――ささやかな幸せなのだ。


 ラストのサビは「届きますよに」で終わり、aikoの発言と符合する。願いを託す対象はaikoが「怖い」と明言する「オレンジな満月」である。左目から、カーテンの隙間からこわごわ覗いて、お願いしている恋する乙女の姿が瞼の裏に浮かぶことだろう。彼女が望むのは、「大きくなくていい」幸せだ。素敵なキスが出来るように、「あなた」が自分を「なでてくれる」ように……。


 しかし、別に、願いを託す神としての存在を、「怖いお月様」にしなくてもいいはずである。神社にお参りしたり、流れ星に祈ったりしてもいいはずである。そう、本来ならば願いを託すものは流れ星と相場が決まっているが、何故aikoは小さな頃から「怖い」と思っている月をモチーフに詩を書いたのか。ほんのささやかな願いと「怖い月」は対極的な位置にある。

 ここまで「ささやか」と書いてきた願いが、実は「切実な」願いであったと思えばどうであろうか。がけっぷちのピンチの時は、あらゆる神や悪魔にも縋りたくなるが、そういう状況にあるのかもしれない。


 客観的に見てみれば、どうということもない、どこにでもあるような平凡な片想いであろう。しかし主人公にとっては万策尽きて、「怖い」と思っているものにさえ願いたい程、大切な、諦めきれない恋なのである。
 ――aikoはどんな歌詞にも、病的なまでに恋に一生懸命な姿が描かれているように思う。……そういえばこの歌詞の「あたし」は、一番では風邪気味であるが、病むほど恋につきっきりになる女子の姿、を暗に意味しているのかもしれない。

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