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そして「あたし」は嘘をつく -奪われた「二時頃」- -aiko「二時頃」考察-



■はじめに・最初にして最高峰の三曲目
「二時頃」は一九九九年三月に発売されたaiko二枚目のシングル「ナキ・ムシ」の三曲目として世に発表された。デビューシングルの「あした」は小森田実氏の作曲によるものだったので、aiko作曲の作品初のメジャーシングルということを考えれば「ナキ・ムシ」はある意味でaikoの第二のデビューシングルとも言えるし、「まとめⅡ」に収録されたのもそういう意味でだったのかも知れない。しかし「ナキ・ムシ」を圧倒する人気を誇るであろう、と思う曲が、カップリングの「二時頃」である。
 aikoの三曲目群(あるいは二曲目のカップリング。一部両A面シングルにはカップリングが一曲のみのものもある)はシングルの最後と言う側面もあってか、二曲目以上に印象に残るものが多いし、個性的なものも多々あって隠れた名曲の潜む魔窟である(無論いい意味で言ってる)二〇一五年十月の最新で言えば「夢見る隙間」の「さよなランド」はLLR7のエンディングテーマとしてどこか幻想的な響きをもって流れていたことが記憶に新しいだろうし、「恋人」は今もなお根強い人気がある。「相合傘」は「秋 そばにいるよ」でロックアレンジ(汗かきmix)が収録されてからというもの、ライブに、特にロックではお馴染みの曲になっている。(なお本来「相合傘」はこのロックアレンジが正式なバージョンであり、カップリングとして収録された初出のバージョンが別アレンジである。aikobonライナーノーツを参照されたし)
 改めて三曲目を抜き出してみると、別アレンジなどが存在している曲が多いこともわかる。先述の「相合傘」がそうだし、音源はないが「まつげ」もLLRなどで披露されるロックアレンジバージョンがあるし、「恋人」は昨年発売された「泡のような愛だった」初回盤特典CDにロックアレンジが収録されている。「より道」は「BABY」に、「帽子と水着と水平線」は「まとめⅡ」にそれぞれ別バージョンがある。「more&more」と「あの子へ」はメジャーデビューどころかインディーズデビューも前の「ドーテイオムニバス」で発表された、現在では入手困難の別音源もある。「帽子と水着と水平線」は「暁のラブレター」にもシングル版と同音源が収録されているから「まとめⅡ」に収録されるのもまあわかるかな、と言うところだが、(なお個人的に帽水線の通常バージョンはそこまで好きじゃなかったりする。「まとめⅡ」のバージョンは大好き)それ故にこの「二時頃」が目を引くのである。「まとめ」に収録されている三曲目はこの「二時頃」と「帽子と水着と水平線」だけであるが、純粋にシングルと同音源が収録されていて、なおかつそれまでアルバム等には未収録だったもの、それが「二時頃」だからだ。仮にaikoをひとつも聞かず、今のように曲の情報および収録状況だけをまとめれば、ポツンと「まとめⅠ」に収録された「二時頃」に対し「こいつ誰!?」と驚くのではないだろうかと思う。「milk」「花火」「赤いランプ」「カブトムシ」(間に「夢のダンス」も含む)と言った人気曲に続く曲順でもあるし、「まとめ」における「二時頃」の存在感はそこそこ強烈である。aikoもこの曲が人気なことは把握しており、aikobonライナーノーツで「隠れて人気のある曲」と語っている。収録を決めたのはそれが理由だろう。かく言う私も「二時頃」収録にaikoわかっていらっしゃると深く頷いたものである。

■二時頃・あらすじとおもいで
 それでは何故「まとめⅠ」に収録されるほど「二時頃」は人気があるのだろうか。それは、この文章が歌詞研究のものであるのでぶっちゃけた身も蓋もない言い方をすると、やはり歌詞に魅力がある、引きつけられるからなのではないだろうか。ここで「二時頃」を知らない方のためにも少し簡単なあらすじを記しておこう。無論曲を聴くのが一番であるので、未聴の方はなにとぞ「ナキ・ムシ」なり「まとめⅠ」なりを聴いていただきたい。
 時刻は真夜中。寒い部屋の中で「あたし」は「あなた」との電話を楽しむ。「あたし」は「あなた」に恋をしている。声を聴くだけで幸せな「あたし」だが、実は「あなた」の傍には深い寝息を立てて眠っている「バニラのにおいのするTinyな女の子」がいた。何も知らなかった「あたし」だが、ついにそのことを知ってしまう。失恋した「あたし」は「あなた」を忘れようとする。しかし「あたし」は思う。「ひとつだけ思ったのは、あたしのこと少しだけでも、好きだって愛しいなって思ってくれたかな?」
「二時頃」は歌詞だけみると短い曲である。一番AメロBメロサビ二番Aメロ、二番Bサビがなく、Cメロ大サビと言う構造となっている。途中までちょっと切ない「あたし」の心情を綴った曲なのかなとメロディや声に浸って油断していると大サビ前のCメロ、例の「Tinyな女の子」のくだりで見事に叩き落とされる。
 と言うのも、私がそうだったからだ。「二時頃」を初めて聴いたのは今を遡ること十四年前、aikoファンになりたての若き私は来るLove Like Pop Vol.6に備えてaiko全曲マラソンなんぞをしていたのだが、買ったばかりの「ナキ・ムシ」の「二時頃」は、ネット環境が乏しく、当然情報交換と共有の場であるSNSなどもない当時、曲に関する情報など集めておらず全くのノーマークであったため、私の脳天をかち割るくらいの衝撃があったのを覚えている。ちょっと大袈裟な書きぶりにしてしまったが、まだまだ子供の中学生の私にはショックが大きく、「そんな……」と呆然としている内に曲は終わったのだった。この曲でaiko……aiko~~!!(涙)としばらく落ち込んでいたのである。こんなのってないよ! などと心中で叫びながら。なおその当時、aikoは声帯結節でライブ延期を余儀なくされておりラジオ出演さえも出来ずにいた。病床のaiko(んな大袈裟な)姿を見せないaikoに想いは募るばかりの時にこの「二時頃」である。「aikoかわいそう」と言う謎の上から目線な気持ちはムクムクと膨らんだ。それが私の初期のaiko愛を育んだものであるのは言うまでもない。
 私の個人的な思い出はこの辺にして、では何故そこまでの衝撃を私は「二時頃」から受け取らなくてはいけなかったのだろうか。それはこの曲は「あたし」と「あなた」だけでは終わらないからだ。この曲には第三者が存在する。勿体ぶる必要はない。あらすじで読んだ通り、Cメロで突如としてその存在を現す「Tinyな女の子」のことである。

■「二時頃」概要―aikobonとテレビ番組から
 先走って考察を進める前に一旦落ち着いて二時頃についてのデータを整理しようと思う。aikobonライナーノーツにてaikoはこう語る。時間設定が真夜中であるのは子供の頃から夜型人間のaikoのaikoらしさが表れている。「夜中に起きたり朝に寝るような生活だったんで」と言うが、それが四十を迎える今となっても全然変わっていないのは微笑ましいというか何というかである。「引っ越した部屋が、すごく冷える部屋で寒いんです」と言うaiko。それはそのまま「鼻をすすってた」の根拠となる。
「寒いなか電話をしてて、すごく好きな人なんやけど、なんか何も聞けないまま普通にしゃべり過ぎてしまったばっかりに「好きな人はいるの? 彼女はいるの?」とか何も聞けなくなっちゃった、怖くて。きっと、いる、100パーセントいるだろう、とわかっていても聞けなくて、相手もそれに関して何も言ってこないし、わかってんねんけど言えなくて、って言うので作りましたね」
 なるほど、そういう曲だったのかと何度か頷いた。恋愛における難しい葛藤を見事に捉え昇華させたのはさすがaikoと言うよりない。それに、aikoの想像からの創作と言うことで、実話ではないことにちょっとほっとしなくもない。以下、簡単に箇条書きでまとめてみよう。

・aikoの設定では、「あたし」は片想い状態。
・「あなた」との関係は、多分友達以上恋人未満か。
・「あなた」に彼女(Tinyな女の子)がいると、「あたし」は察している。ほぼ100パーセント確信している。
・そのはずのなのに「あなた」の方はそれについて何も言及してこない。故に「あたし」も知らないふりをし続け、口を噤み続けるしかない。

 まとめてみればなんと苦しい、悩ましい状況であろうか。「あなた」を全力でぶん殴りたい気持ちを腹に据えながら、続いての資料に当たろうと思う。
 その資料とは二〇〇三年十一月二八日に日本テレビ系列で放送された音楽番組「FUN」である。時期を鑑みるに「暁のラブレター」の販促出演だったのだろう。私もリアルタイムで放送を見ていた覚えがある。その放送の中で意外にも「二時頃」について言及されている部分があった。そしてそれも私は覚えていた。へえ、と思ったものである。
 以下、ネットで拾ったものであるが、司会の松任谷正隆、藤原紀香、今田耕司とaikoを交えたその「二時頃」についてのトークをここに引用する。「歌詞からaikoの素顔を暴く!」と言うコーナーであり、例の「Tinyな女の子がいたなんて」と言う部分にずばり直球に迫っている貴重な資料である。


藤原『この状況は実話?』
aiko『実話というか。相手のことを好きなんやけど、「彼女いるの?」って聞けないまま。連絡するようになって。』
松任谷『分かる、分かる、分かる、分かる。』
aiko『どんどん聞けなくなって。』
松任谷『そうだよな。そういうシチュエーションあるよな。』
aiko『そう。それでー。絶対いる気配はするわけですよ。』
今田『おるんやろうなって。』
aiko『そう。でも、その関係すら断つのも嫌やから。聞けないまま。』
今田『気にすんねん。彼女いるかどうか。』
aiko『だって付き合いたいじゃないですか。』
松任谷『どういう女の子だと、たちうちできない?』
aiko『そうですねぇ。』
今田『引く?』
aiko『私、引きますね。』
今田『どういう女の子やったら特に引く?』
aiko『ちっちゃい子』
今田『自分とタイプが似ている子やったら引いてしまう?』
aiko『うん。aikoと同じような感じやけど、優しい子とか。家庭的な子とか。』
今田『自分はそうじゃないっていう引け目?』
aiko『そうですね。それはギャルとかキレイなお姉ちゃんとかやったら、どっか入る隙間ないかなと思って探しますね。』
松任谷『今のはリアルだぞ。』
今田『藤原は取るほう?』
藤原『あたし?』
今田『どんな彼女なの? あ、その程度。おいしょー(取る仕草)。』
藤原『違う。』
今田『(藤原に向かって)引くほうなん?』
藤原『私は、優しくて従順でわがままを言わない女の子だったら、私なんか無理でしょうね、って思う。』
aiko『そう。常にティッシュとハンカチとかが入ってる女の子とかはもうアカーン。』
今田『ティッシュとハンカチでかいなあ。』
藤原『ソーイングセットとか入ってたり。』


 おおよそaikobonライナーノーツで伺える内容と同じである。当時まだ「女子力」なる謎用語がなかった頃であるが、要は女子力の高い女子には太刀打ち出来ないaikoはその恋愛から身を引く、そうでなければ何とかして自分をアピールして相手と付き合いたい、という恋愛に謙虚でいて、それでいて貪欲でしたたかな性格が伺える会話でもある。
 その恋愛を続けるか否か。仮に「Tinyな女の子」がいなければ二時頃の「あたし」は「あなた」ともう少し発展した仲になっていたかもわからない。しかし「二時頃」の恋愛は「Tinyな女の子」と言う“第三者”によって幕をおろさざるを得なくなってしまった。リスナーである私たちの多くは、この得体の知れない「Tinyな女の子」に不穏を感じ、そして激しい敗北感と不条理、加えて喪失感をも味わうこととなる。それは他のaiko曲ではなかなか味わえないものではないだろうか。

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