KissHug 覚書




 09年五月のある週末、何となくネットサーフ中にウィキペディアでaikoの項目を見て、KissHugの項目も見てみようとクリックし、読んでみて衝撃を受けた。


「本作品3作共に恋の終わりをイメージし制作された曲である」


 な、なんだって?
 私は、KissHugに関しては、ちっとも恋の終わりの曲だなんて思っていなかったのだが……。そこでmixi日記でaikoファンのマイミクさんから意見を募集したり、友人と議論したり、自分でよく考えた結果、とにかくこの一方的な決め付けに対しての鬱憤を晴らさんべくブログ「たまきはる」にKissHug論を叩きつけた。ものすごく好きな曲だから他の曲に比べ熱が入っていた。
 そのまま掲載しようかと思ったのだが、あまりにもアラがあるので、論に満たない覚書、として言葉づかい等に主な修正を加えてここ愛子抄に掲載することにした。ご了承いただきたい。






 そもそも、私がKissHugを別れ曲だと思っていたらこんなことにはならなかった。
 つまり私はKissHug=現在進行形の恋愛を歌った曲、という認識でた。それはもう発表からずっと。
 あえてaikoの言文(インタビューとか)を出さないで純粋に歌詞だけで最初に語らせてもらうと、きすはぐで一番好きな部分は

 あなたが好きだったの
 今も今も...

 なのだが、「あなたが好きだった」というのは前に出た「暑い帰り道に見えなくなるまで/本当に小さくなるまで見ていた」という時点での「あたし」の認識のことであり、「今も今も...」っていうのは、「それが「今」もなお続いている、「好き」という気持ちがそれだけ強い」ということだと(私は)思っていた。 高校三年の時にカブトムシ論をやった時も思ったのだが、現在進行形の恋愛で相手のことを「今まさに好きだ」「昔も今もずっと好き」って言うことや伝えることって、してはいけないことなのだろうか?


 そして次に好きなのが「You Love×4 I Love...」というところ。これは確かどっかのインタビューでaiko自身何か言及してた気がするけど……残念ながら思い出せない。
今まで「You Love」が続いてきて、最後に「I Love」で締める。いやーにくいねaikoさん! いや、いまそういうことを語るんじゃない。失敬した。
 ここで私の主観が入ってきてしまうのだが、この「You Love」の目的語(でよかったでしょうか。SVOのO)がmeつまり「あたし」だと思う。「あたし」は今までの歌詞の総まとめとその「You Love」へのレスポンスとして「I Love(you)」をようやっと言うのだ。
 ……うん、なんだこの主観w だがしかし文学研究なんてつまるところ主観が命! と思うことにしておく。
 またまた失敬した。

「まだ知らないことだらけの背中」で、「まだ」ってことは「今後」もあるということにならないだろうか。全てを知ることは出来なくても今後知っていくことや初めて知ることが増えていくのだ。ということは、現在進行形じゃないか。
「友達だなんて〜」って始まるけど、これは私は「友達という程度であなたを思ったことはない、最初から運命の人だと思ってた」という認識でいた。
 三番目くらいに好きなのが「泣き顔怒った顔突然唇に触れた唇も/傍にいると誓った証」ですが、これ、今思ったけど二番目の「三つ目四つ目と数えた星の涙に願う/あなたの傍にずっといたい」へのレスポンスなのだろうか……


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