aiko10周年記念ヘボ研究
「aiko歌詞世界のうつりかわり ―「あした」から「KissHug」への十年間―」

※執筆時は08年7月です

 今年、aikoがデビュー十周年を迎えるにあたり、ファンとして何か出来ないものか、出来るとしたら何かと考えた結果、私を引きつけてやまないaikoの歌詞の世界の十年を辿ってみることになった。詩の鑑賞や研究方法や解釈のあり方などまったくもって素人同然だが、彼女への愛を傍らに、出来る限り真摯に作品にあたり、私なりの見解を示していこうとする所存である。


 けっして期待しないでください。ほんと。




一・初期作品

デビュー曲「あした」 原風景としての恋愛世界

 現在aikoのシングル曲は新曲・両A面含め二十五曲と、十年活動しているわりには少ない。同じ十周年の浜崎あゆみはその約二倍の作品を世に送り出している。

 それはともかく、デビュー曲「あした」の作曲以外はインディーズから引き続き彼女が全作詞作曲しているが、ではその「あした」とはどういう作品なのか。
 他人の曲に歌詞をつけるということは、言ってみればいつもご飯から箸をつけていたがうっかり味噌汁からつけてしまったような、詩からつくる彼女のスタイルとは相当異なるものであっただろう。
 著書・aikobonにはこう書かれている。


「子供が観る映画、『トイレの花子さん』の映画なので、難しいのはやめてくれって言われて、
 全部わかりやすい言葉を使ってほしいって言われて。え〜〜どうしたらいいんやろと思いながら。」


 その後「人の曲に歌詞をつけるのは初めてだった」と書かれている。ここで看過できないことは「わかりやすい言葉」で「あした」はつくられたということである。
 ……残念ながらaikobonではあまり歌詞世界についての言及はなくそれってライナーノーツとしてどうなのよaikoさんwwwってな具合なのだが、ここはリスナーの数だけ解釈が存在するということをaikoが黙認しているのだと肯定的にとるに留まろう。

 さてaikoの証言を鵜呑みにするのなら、「わかりやすい言葉」で綴られたこの「あした」は、当時のaikoの恋愛観が平易に書かれたものとなる。
 それは十年の歳月を経た今の歌詞を考えるうえで、重要な比較対象になるだろう。

 一番サビとラストサビで繰り返される「もしも罪を犯し世界中敵にまわしても/あなたと眠る夢を見続けてたい」というフレーズが重要なのは言うまでもないことであろうが、「鳥が飛べない日」と「ここから飛び立てないならば」の二つのフレーズの関係から、「あした」が閉塞的な世界を持っていると見るのは間違いではないだろう。

 それ以外にも、「夜明けのまぶしさを待って」「退屈にもあきてついたため息をあつめ」「色あせてしまったこの空」と、「あした」自体が非常に陰鬱な世界観を有していることを示すフレーズは随所にある。
 曲も、アップテンポではあるがライトではなくあくまでもダークな調べであり、曲ありきで誕生した経緯を考えればaikoがこのような暗い世界を編み出した事情も自ずと理解出来る。

 勿論、インディーズ時の「Do you think about me?」未発表曲の「あなたに思うこと」などのいかにも女性的な嫉妬や不毛な恋愛に対する恨みが描かれた歌詞や、他の短調(あくまで歌詞が)な曲を思い浮かべれば、「あした」のような作品世界も不思議ではない。
 ただ、他の曲における、恋愛に疲れたような攻撃の矛先は恋愛対象である「あなた」や、
はたまた「あたし」の誤った行動に向かい、後悔や悲しみや嘆きという形に昇華される。

「あした」には、攻撃対象がない。暗く閉ざされた夜、世界の果てとも言えるような舞台には、aiko文学の象徴である「あなた」と「あたし」しか残されていない。
 そして二人に残されたものは「明日もある喜び」であり、「あたし」は「言葉はもういらない 手をつなげばそれでいい」と言い切れるほど「あなた」を必要としているのである。

 しかし閉ざされた、「あなたとあたしのためだけの世界」(by沙耶の唄)を望んでいるわけではないことを加えておこう。確かに「世界中敵に回しても」と二人の絶対性を謳ってはいるが、「あたし」は「明日」を待ち、「夜明けのまぶしさ」を待ち、「燃える赤い花」「輝くきれいな色」という色彩を願っているのだ。
「ためいき」をつめた「袋」がもたらす「幸せ」は「あなた」がいることだけでは得られない、社会的・外的な「幸せ」なのではないだろうか?

 デビュー曲「あした」に広がる世界は、「あなた」と「あたし」二人だけの閉ざされた世界だが、
「あたし」は「あなた」を「きっとずっとずっとあなたは大切だから/この真実が幸せを運ぶ」程愛し、なおかつ世界が開けることを望んでいるのである。

 これだけ無駄なものが削ぎ落された=「わかりやすい言葉」で描かれた「あした」という世界こそが、aiko歌詞文学の原風景に十分なり得るだろう。



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