三・現在

現在に至るまでの作品――「蝶々結び」から「雲は白リンゴは赤」


 ここからさらに駆け足で、「暁のラブレター」「夢の中のまっすぐな道」「彼女」時代のシングルを振り返っていこうと思う。


「蝶々結び」「アンドロメダ」は本人主演のCMソングとして起用され、特にアンドロメダは聞き覚えのある方も多いと思われる。
「アンドロメダ」はaikoの視力の低下という些細なきっかけから作られた。そんなきっかけからこんなストーリー性のある曲が生まれるとは、と彼女の想像力の素晴らしさに圧巻される曲で、その歌詞も解釈のしがいがある曲だ。


 さてこの時代には名曲「えりあし」が発表されている。
 曲のミックス時や、そらで歌った時に泣いたりしたとライナーノーツのaikoは語る。


「涙が出てくる曲なんです。歌詞の「五年後あなたを見つけたら〜」ってところで。
 あぁあ、落ち込む。この文章がせつなくて。
 って自分で言うなよ、って感じなんですけど、悲しい言葉だなあって」


 と語りは続くが、彼女自身も「もちろん前向きなんですけどね」とわざわざ断りを入れている。
 そう。この曲はたとえ一度は別れても、それが今生の別れではない。
 この世に生きている限りはまた出逢える――そうやって、前向きに別れを受け入れる曲だ。これはやはり、デビューから五年経ち、もうすぐ三十路に入ろうとするaikoの年の功が生んだといえよう。
 バラードであり、悲しい言葉でありながら完全に悲しみに沈むことはない――若い時分にはどうしても描けない曲だ。


「夢の中のまっすぐな道」時代には、aikoにとって現在に次いで大切な時代である学生時代を想った
「三国駅」が発表される。
 曲自体はLLR2――2003年時に出来ていたが、二年を経てあらためてシングルで発表した彼女の心中は、年代の区切りである三十を目前としたその頃しか感じられないもの――作った当時に想っていたことが更に深まったような――が去来していただろう。

 「三国駅」で青春時代を振り返り、それがまだこの体の中で強く息づいて自分を支えていることを再確認したのではないだろうか――
 そういった意味でこの「三国駅」は、声帯結節休業から復帰した「おやすみなさい」と同じく、時代を区切るマイルストーン的な役割を与えてもいいのかもしれない。



 三十を迎えるaikoが発表する作品はどんどん歌詞に深みが与えられていく。
 ただ単に好きという言葉では表現しきれない想いを、最初の頃より語彙豊富に、時にメランコリックに、時にまっすぐに、聴く側が思ってもみないほど抒情的に描き出す。

 「キラキラ」は待つ側の女性の心境を一見軽やかに歌い上げているように見えるが、

「その前にこの世がなくなっちゃってたら/風になってでもあなたを待ってる」
「触れてしまったら心臓止まるかもと/本気で考えた 暑い夏の日」

 に見られるように、狂気めいた愛の片鱗を実に清らかに描いている。「花火」の頃の彼女ではとてもこのような技術は持ち得なかっただろう。
 「スター」は恋愛だけにとどまらず、その次元を超越するような世界観で、「あなた」と「あたし」の関係を描く。
 「雲は白リンゴは赤」は明るい曲調でわりと後ろ向きな歌詞をのせる――aikoの曲によく見られる(ex.アンドロメダ)方法で、まるで原点回帰のように、オーソドックスな恋愛を歌っている。


 以上、「秘密」時代以前を駆け足で辿ってきたが、「暁のラブレター」「夢の中のまっすぐな道」「彼女」で十分、aikoは他の誰でもない、aiko独自の世界を築き上げてきたといえよう。

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