この木の下の終着点 -aiko「二人の形」読解と解釈-



■「二人の形」概要
「二人の形」は二〇〇〇年三月一日にリリースされたaiko二枚目のアルバムにして、世間にその名を広めた「桜の木の下」の五曲目として世に発表された、ミディアムバラードの一曲である。フェードインで始まる珍しい一曲で、歌詞とブックレットのaikoの写真もあいまって、大きな木の下の木漏れ日の中であなたとあたしが微睡んでいるような、そんな穏やかさと優しさが染み渡る、知る人ぞ知る名曲であるのではないかと私は考えている。
 筆者の私にとって「桜の木の下」はaikoと大きく「初めまして」をした一枚である。まだaikoと言う人を知らなかったあまりにも懐かしい頃、私はそのアルバムと出逢った。「花火」「桜の時」「カブトムシ」と言った既存曲は勿論のこと、以前の歌詞研究でも言及したが、aikoの意外な一面に触れ、aikoと言う人が気になり始めた一曲である「悪口」も、どこかサバサバした調子の「お薬」に気ままなテンポの「傷跡」、激しい「恋愛ジャンキー」に切なさが狂おしい「愛の病」も、私とaikoの歴史の一ページに名を連ねていて、いわば往年の名曲と言った貫禄すらある。その中でおそらく、「悪口」と並んで私にとっていろいろと衝撃的だった一曲が今回取り上げる「二人の形」である。
「二人の形」は後程引用するが、aikoにとっては歌うのにある種のエネルギーを要する曲、あるいは相応の気概がないとおいそれと歌えない曲のようで、「桜の木の下」を引っさげたツアーであったLove Like Pop Vol.4(以下LLP)の他ではLLP12、裏Love Like RockとLove Like Rock Vol.5での披露のみとなっている(Tour De aiko調べ)
 幸いなことにLLP4での披露とロックでの披露は映像化がされているが、どうも私の好きな曲はライブではなかなか巡り逢えない星の下にあるようで、二人の形が聴きたいなあと思っていてもなかなか歌われない。でもそれはそれでいいのかも知れない。言ってみればこの曲に籠められているものはそれだけ深いと言うことの証左であるように思う。「二人の形」で歌われていることは、当時中学生の私でも感銘を受けたくらい、シンプルにして恋愛において最も大切なことなのだから。

■aikobonより
 ご存知の通り今年二〇一八年七月にメジャーデビュー二十周年を迎えたaikoであるが、今回取り上げる「二人の形」は現在から見ればまだまだ初期の頃の作品であり、作者であるaikoもまた二十代前半の若さといい意味での幼さ、未熟さを十分に有している頃である。しかしながら「二人の形」は後述するがaikoも認めるほど大人っぽく、非常に達観した思考と世界観で形作られた曲であることに不思議の念を抱かないリスナーは多くないだろう。
「愛のせつない歌です」と言う書き出しからaikobonの「二人の形」ライナーノーツは始まっている。「桜の木の下」全体を俯瞰して見てか、「死んでもいいと思ってる曲が多いね」との評も漏らしているが、「このときの年齢の私が書いたなかではとても大人っぽい曲だなと思いますね」と自分でも指摘している。しかしながら何かを気負って、至高の恋愛ソングを書こうとしていたのか、或いは背伸びをして大人っぽくしてみた、と言うとそうではないらしく、「作ったときもホント、つるっと作った感じ」とこれといった苦心は無く生み出した歌詞であるらしい。案外何でもそういうものなのかもしれない。ちょっと違うかもしれないが、気まぐれで歌った名も無きハミングが評判良かったり、ぽろっと書いた話の方が意外と好評だったりするのはよくある話で、それと似たような話で、その当時のaikoの感性が捉えたものがたまたま、意図せず恋愛の真理の一つを突いてしまえるものだった、それが「二人の形」だったと言うのはそう変な話でもないような気がする。
 しかしながら、そうやって「つるっと」出てきた反面、その曲の持つ重量──言うなれば真理の重みのような──は歌唱の面に載せられてしまったのかも知れない。
「よく曲々で思ってますけど、ちゃんとしないとって思う曲。なんかこうピシッと背筋が伸びるんですよね、聴くと」
「自分で作ったのに、今この曲を歌える自分なのかなって、こういう曲はほんとに思う」
「これを書いたときに想像していた29(当時)の自分になれてんのかなって、こういう曲を聴くと思いますね」
 他にも「この曲を歌える自分でつねにいたいっていうふうに思う曲」「歌うの緊張するくらい、大切な曲」と語っており、なかなかライブで聴くことが叶わない理由を慮ることとなるだろう。シングル曲で言うと私が一番好きな曲である「スター」のような位置にある曲なのかも知れない。「青い光」も同様だろうか。大事なものや大切なもの、と言うのは軽々しく持ち出せない秘されるものであるのが一般的だが、「二人の形」はまさにそんな曲と言える。
 aikoは主にその部分に重心を置いてライナーノーツを埋めているが、注目すべき文はその中でひょっと挟まれる「相手がどう思ってるかよりは、自分はあなたしかいらないんですよね」と言う簡素な一文であろう。「二人の形」の要約、あるいは大義そのもの、「二人の形」の肝であり、どんな曲か説明するのにこれほど簡単な紹介もないだろう。ただ読み方や聞き方によっては相手のことを考えていない乱暴な発言のように思えてしまう。
 しかしながら、恋愛において相手のこと“ばかり”を、あるいは“だけ”を考えるのは果たして正解なのだろうか? 「二人の形」はそんなことをそっと、しかし大胆に私達に語りかけてくる。



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