■恋愛事情は複雑怪奇
 とにかく恋愛とは一概には何がどうとは言えないし、到底一言で言い表せないのだが、敢えて言うならばやはり、「複雑」。この一言に尽きるであろう。複雑で猥雑で煩雑で苦痛で、あっちへいったりこっちへいったり、あらゆる人間関係の中で最も悪質で醜悪で──それでいて最も幸福なのが恋愛というものだ。
 この曲の歌詞はそのことを端的に表していて、タイトルの「恋愛」は真理も本質も核心も全部全部貫いてしまった、やはりカップリングで留めておくには惜しい作品であるとつくづく思う。思えばライブでの歌唱も少ない。発売直後にロック(※LOVE LIKE ROCK LIMITED FOR BABY PEENATS MEMBER)があったのにそこでは歌われていないし、ポップは11と11add、ロックは5と8でしかフルで歌唱されていない(Toue De aiko参照)あまりにもaikoの本質に近いので、敢えて隠しているのでは……とついつい疑いたくなってしまう。
 しかしながら、この「恋愛」におけるプラス要素はほんの少し出てきた「幸せ」だけで、描かれるものは圧倒的にどす黒い、閉塞感の感じられる鬱屈した苦悩である。けれども最後に結ばれる言葉は──いや、いっそこの曲で何よりも一番伝えたい言葉は──「こんなに逢いたい」なのだ。
 まだまだ「好き」なのだ。結局のところ相手を求めてしまうし、相手に会って話をして触れ合えば何だかんだであれほど重たく苦しかった気持ちが一瞬にしてチャラになってしまうのが恋愛なのだ。文字にして書いてもやはりとんでもなく複雑で不可思議な現象であり、これを真っ向から書き切ってしまうaikoは、やはり私達が思っている以上にとんでもない人物なのでは……とどこか誇らしげに、でもどこか恐ろしくも思うのである。


■おわりに
 この曲に描かれているものだけではなく、aikoが思う恋愛と言うものとは、相手の見えない、明かされない気持ちと自分の気持ちとの戦いであり、「苦悩」そのものであるのがおそらく第一義に来るのであろう。少しの匙加減で憎悪にも変わりうる危うい感情で、常に綱渡りの気持ちでいる……そんな人間関係だ。
 けれども、それだけではない。それだけじゃないから、みんな恋に堕ちてしまう。これ「が」恋愛の本質ではなく、これ「も」恋愛の本質、ということだ。「恋愛」の歌詞にも「幸せ」と出てくるように、相手のことが好きできゅんとしてしまうのも本当だし、相手と求め合っているものが同じで嬉しくなったり、気持ちが重なってひたすらドキドキしたり、笑い合ったり喜び合ったりすることも本当だ。
 そういったことも、aikoは沢山書いている。苦悩や不安だけであったり、喜びだけであったりするのではない。決してそれだけではない。どちらも互いを否定するのではなく、同じくらい確かな解像度で同時に存在する。言ってみれば表と裏があり、その違いは対立するものではなくて両立するもの、ということだ。
 しかし、aikoという作家の作品全体を俯瞰した時、どちらかと言えばやはり「苦悩」「不安」「懊悩」「煩悶」……といったマイナス側に焦点が当てられているものが多いのは否めない。そちらを描くことに彼女は特に真剣であり、12年前にインタビュアーに語った通りその活動がそのまま彼女そのものと言える。
 と言うか、aikoに限らずとも古来から芸術において主題となるのは人間の苦悩なので、描かれるモチーフがそちらに偏ってしまうのは当然であると言われてしまえばそれまでである。しかしだからこそ、aikoは単なる歌手ではなく、単なるシンガーソングライターでもなく、アーティスト──芸術家であり、歌詞と言う文芸で表す以上、作家であると言った方がより近いと感じるのである。──このシンガーにして芸術家と言うのもいろいろあって、例えば様々なバリエーションで色々なシチュエーションの作品を描き、幅広い年代に支持される松任谷由実のような人もいれば、もっと文学性やメッセージ性の強いものを生み出して世を問い質すように歌う中島みゆきや椎名林檎のような人もいるし、一方で谷山浩子のように童話のような世界観で独自の世界を描き聴衆を魅了する人もいる。
 恋愛の表面的なものを歌ってハイ終わり、というわけではなく、もっともっと深いところまで掘り下げていって、正直そこまで行ったら引いてしまうのではないか、というところまでも逃げずにブレずに追い求めていって描いて歌って、やがては恋愛を通り越して「人間」の真実にまで肉薄するものを、aikoは書いてしまうのではないか……とすら私は考えるのである。まあ、当のaikoがどこまで考えているかなんて、そんなの知りっこないのだけれども(多分そこまで深く考えていないと思う。たぶん。)
 そんな深い一面が、一見ポップでキャッチーな彼女の中にある。浅瀬と見えたところがとんでもなく深く、嵌ってしまったら最後、どこまでも落ちていくしかない。こういうところが、aikoに惹かれる一因であり、人を離さない理由の一つであるように思う。aiko……恐ろしい子! と言う感じなのだが、とかくaikoも恋愛と同じく、一言では言い表すことの出来ない複雑怪奇で奇妙な存在であり、やはり到底離れることなど出来ないナア……と再確認したところで、今回は筆を置くことにしよう。

(了)



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