■行きつく先の全てがあなた
 二番Aメロは短く終わる。「知らない表情に出逢えた時のざわついた感覚は/新しい物が怖いのと似てる」とあるが、本当なら「どきっとした」「ちょっと嬉しい」と言った気持ちだって生まれるはずだが、しかしこの曲では敢えて伏せられている。伏せられているから無いように思わされてしまう。
 自分の知らない相手。それは愛する人なのに、自分が承知していない存在だ。それが突然現れるのは確かに怖いだろう。新しいものは何だって最初は怖いが、知っているはずの人の知らない部分に出くわした時の怖さや戸惑いはそれ以上と言っていい。あたし側にはプラスの感情を生み出せる余裕がない。一体どういったシチュエーションで見たのかわからないが、更なる不安を呼ぶものだったと想像に難くない。
 Bメロは少し風景の描写が入る。「喉の痛い朝 頬杖の街 こんな日はすぐあなたに触りたい」と結局はあなたへ導かれるのだが、だるくて退屈な灰色の日常の中で、全ての興味があなたに注がれてしまうほどに、あたしはあなたのことが好きなのだ。きっと一日の中でちょっとした隙間の時間が出来たら、すぐ「彼はどうしているだろうか」と考えてしまうのではないだろうか。あたしはやっぱり、強烈にあなたのことが好きなのである。たとえ裏で、深く重く苦しい気持ちを抱えていたとしてもだ。


■熟すのにも 忘れるのにも早すぎる
 二番のサビも恋愛経験者ならきっと「わかる!」の嵐なのではないだろうか。「ねぇきっときっときっと都合良く忘れたりしたら/こんなに泣いたり幸せになったり出来ないだろう」──嫌なことを忘れたかったり、何もかもリセットしたかったり、ああいっそ出逢わなければよかった、好きにならなければよかったなどと思う時だってある。だからといって、全てを都合よく忘れてもいいのか、なくしてもいいのかと言われれば、そういうわけにもいかない。嫌なことも良かったことも全部が二人の恋を作ってきたのだ。歌詞にある通り「幸せになったり」したことだってあったし、きっとこれからだってまだまだ生まれてくるのだ。
 インタビューでも挙げられていた箇所、「ぬるく熟した恋愛を食べる瞬間は/あなたと迎えたい」は筆者もお気に入りのフレーズであり、「恋愛」のサビ中のサビ、フレーズのMVPではないかとも思う。この恋愛を投げ出すことなく、干からびさせることもなく、熟したものを楽しみたい。それを一緒に食べる相手はあなた以外に考えられない。熟すのが一体いつなのか定かではないが、それまで続けたい。そんな切実なる叫びのような想いがこのフレーズには凝縮されていると感じる。


■暇潰しにもならない
 大サビに至る前、もう一度一番Bメロと、それに続いて新しいフレーズが差し込まれる。「くるくる廻る雨雲に乗って あなたの可愛い睫毛に止まる/暑い日も終わってしまうよ…」とあるが、「暑い日」が表すものはなんだろう。まるで縋るような書き方で、あえて三点リーダを置いて心細い印象を残しているが、ひょっとしたら「二人の関係のピークが終わってしまう」かも知れないことを示していて、「そこが終わってしまって、もう幸せな気持ちもなくなってしまって、この先には不安や猜疑心、疑心暗鬼しか残らない。行く先どこも真っ暗で寒くて冷たい、そんな恋愛になってしまう不安」のようなものが込められているのかも知れない。これではとても「熟」すどころではない。あたしの想いはやはり切実だ。
 そして大サビは一番のリフレインである。相手のことは違う人間である以上、どこまでいったってわからない。互いの気持ちはどうしたって見えない。だから私達は相手がどう思っているかであれこれ悩むし、想いが合致すれば喜ぶ。相手に同じ気持ちがあり、同じ想いで繋がっていることは、本当に本当に奇跡なのだ。
 aikoが「体を交換してみようか」と言ったように、相手に自分の気持ちを知ってもらいたい、わかってもらいたいと思うし、この歌詞にある通り自分と同じように相手を不安にさせられたらいいのにとも思う。それでいて──というか、そんなだから、相手のことを簡単に諦められないし、「辛い」だけでやめられるわけがないのだ。それで諦められるならこれほど人類は発展していないだろうし、だいいち、「辛い」の一言で諦められる程度の恋なんて、女には暇潰しにもならない。



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