心の海の一番下で -aiko「深海冷蔵庫」読解-



■はじめに
 人類は銀河の彼方にある冥王星まで探査機を飛ばせても、住まう星である地球に広がる海の底の底――深海は、二十一世紀を迎えた現在でも膨大な水圧に阻まれ調査が困難であり、そのほとんどが未知に包まれていると言う。これと同じことが人間の心にも言えるような気がするのであるが、その“深海”を冠した曲が意外にもaikoにはある。
「深海冷蔵庫」はaikoの七枚目のアルバム「彼女」の五曲目に収録されているミディアムテンポの一曲である。「彼女」がどのような背景と意味を持っているかは以前「17の月」の読解にて参照したが、曲についても含めてここで改めて認識していきたい。まず「深海冷蔵庫」についであるが、「彼女」発売時の雑誌におけるセルフライナーノーツでaikoはこう話している。
「私はよく「卵」を賞味期限切れにさせてしまうんですけど、あーあまたやっちゃったよって時に生まれた曲。冷蔵庫のモーター音を聴きながら期限切れになった卵を見てると、闇の中で一人ぼっちでいて、海の底みたいやなあって思ってしまって。「22日」というのは、私のお誕生日の日にちです」
 ガラスの石鹸置きが割れたところから「洗面所」が生まれたことや、疲労からくる視力の低下で「アンドロメダ」が出来たのと同様、日常のちょっとしたことからaikoの楽曲は生まれてくることがよくわかる。のは別にaikoに限らずミュージシャンの常であろうと思うが、それで「闇の中で一人ぼっちでいて、海の底みたい」まで広げられるのはさすがとしか言いようがないしaikoにしか出来ないことだ。よくそこまで深く沈められるものである。

■自分を見つめ直すこと
 次にアルバム「彼女」と当時のaikoについて振り返る。aikoが三十歳という節目に発表されたこの作品は、どの媒体でも語られていることだが「年齢を重ねてこれたからいろんな恋の歌が書けるようになってきた」(雑誌名不明)ゆえに、「たくさんの彼女がいるって思えるくらいいろんな感情がアルバムの中に入ったなあと」(Hより)思ったことから、アルバムタイトルは「彼女」になった。私個人として、現在までのaikoのアルバムの中で一番タイトルが秀逸だと思っている(一番好きなタイトルという意味ではない)作品だが、それだけaikoも自分を客観視出来る境地に辿り着いた頃の作品とも言える。勿論それを上回る境地はこの先にも控えているわけだが、この「彼女」は一応の到達点であると――少なくとも初期aikoの終わり、もしくは中期aikoの始まりとは言えると思う。基本的にあなたとあたしの二者の物語であることはこの時も現在も一貫して変わらないが、それこそ海に深く深く潜っていくような形で、aikoも語るように以前の楽曲より深みが増したように感じられる。
 アルバム発売時のオリコンスタイルのインタビューでは、アルバムについて、そして自分自身について語るaikoにそうなった背景を感じ取れる。三十の歳を迎えた彼女は年齢を重ねたからこその変化をこう振り返る。
「ひとつ気付いたのは、昔は目を背けてきたものを、今はもう一度見つめ直してる自分がいる。恋愛でも何でもそうだけど、今では過ぎてしまった痛みや後悔は出来るだけ忘れる努力をしたんです。でも、今はあえて見つめ直してみることが多いの。同じ間違いを起こしたくないから」
「人間って忘れていくでしょ? どんなに痛い恋も嬉しい恋も。初めての感覚も、何度も繰り返されるうちに悲しいくらい忘れていく。でも、私は忘れたくない。ささいな失敗も、家に帰ったら必ず思い返して、もっと腑に落としたいし、重い後悔にしたい」
 それは辛くて重い、苦しい作業である。けれど忘れていくことに比べれば、己の身に刻みつけるようにするくらいが丁度いいのかも知れない。そして出来れば何か形に残すべきなのだろう。小説でそれを表現する人もいれば、aikoの場合は音楽に昇華していく。そうして出来た作品の一つが「彼女」の収録曲達なのだ。
 けれど大事なのは、そうやって出来るaikoの曲は暗い一辺倒では決してないということである。確かにaikoはああ見えて闇が深いけれど、だからといってどうあがいても絶望という曲だらけと言うわけでない。これまで彼女の歌詞研究を重ねてきて、どんなに深く沈んだ曲であっても、それでも最後に僅かでも希望を見出してきているのは何も私が無理くりそっちの方に引っ張ってきているわけではないし、そうでなかったらaikoがここまで愛される人になれるわけがないのだ。
 オリスタのインタビューではこんな風にも語っている。
「一度好きになった人は、別れても大切な想い出だから。イヤなことがあっても、ヒドイことされても、大切に思えるし、時々「元気かな?」って思い返せることが幸せやなって。それは、その瞬間、その人のことがものすごく好きだったからだし、でも今の自分を精一杯楽しみたいと思って過ごしてるから、後悔せずに、ちゃんと、懐かしく思える」
「(前略)自分の中から吐き出して曲を書きながらも、最終的には聴いた時に悲しくても前を向く力を持てる曲にしたいなとは思ってて。私自身がそうだったから。助けの手を差しのべてもらいたいと思って、音楽を聴いてたから、そうありたいんやと思う」
 聴いた時には悲しくても、前を向く力を持てる。私が――いや私だけじゃなく、多くの人がaikoに惹かれる理由の一つはここにあるのだと思う。そして今回読解を進める「深海冷蔵庫」は、こうしたaikoの「自分を見つめ直」していく中で出来た曲ではないのかと、「彼女」の楽曲の中でも特に強く感じられる作品であるとも思うのだ。

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