■無心の境地
 それでは読解を進めていきたい。一番Aメロはセルフライナーノーツで触れられていた通り、aikoがよく腐らせてしまう「卵」からスタートする。「卵を割ってかき混ぜる 渦が出来てボーッとする/腐ってしまう前に早く食べてしまわないと」続くフレーズにはガムが登場。「ガムの味がなくなって 甘さはあたしの体になる/口の中ざらざらになる前には捨ててしまおう」でAメロは終わる。
 これだけ読むと、ちょっとだけ戸惑いを感じる。まだ出だししか触れていないが、このあたしは他のaiko曲のあたしに比べてちょっとボーッとし過ぎてるところがある。呆然でもなく、意気消沈でもない。言ってしまえば無心の境地である。悪い意味でないが、何も考えていない。卵をもくもくとかき混ぜ、早く食べなきゃ腐らせてしまうとはわかってはいるけれど、ボーッとしている。ガムもまたもくもくと噛み、口がざらざらになる前には捨てなきゃなと思いながらも、やはりボーッとしている。曲調もゆったりしたテンポで落ち着いた音色であり、aikoもそこまで激しくは歌わないのも、そのことを裏打ちするようである。あたしは至極フラットである。無心である。冷蔵庫と家電がタイトルについているわりには生活感、というか生臭感があまりない。生気がないと言うほどではないが、少なくとも同じ「冷」繋がりの「冷凍便」の方がまだ生臭いしドロドロした感じがある。

■心の海の一番下で
 しかしBメロで、そんな無我の境地とも言えるようなあたしにも重石のように抱えたものがあることがわかるし、楽曲はそれについての内省を深めていく。「こんな簡単に決められない あなたのことは痛いまま」――恋愛か友情か、「あなた」との間に何かあって、それがあたしに深い傷を残しているのだ。それもまだ「痛いまま」とあり、時間が経っているにしろいないにしろ、じくじくと残されている。ボーッとしていればいるだけ、痛みの存在感はひょっとしたら増していたのかも知れない。もしかしたら、aikoがインタビューで言っていた「昔は目を背けてきたものを、今はもう一度見つめ直してる自分がいる」の実践がまさになされていたのかも知れない。
 そんな痛みを刻んだまま、あたしは深淵に自ら沈んでいく。「海の底を泳いで光を遮りたい 蒼いかも解らない程下のまた下で」と始まるサビは力こそないが、ゆるやかな逃避を思わせる。痛いままだ。何をどうすることも出来ない。それならば全部をいっそ取っ払って、何も考えなくしたい。深海を希求するあたしの想いが私にはそう感じられる。前半でボーッとしていたのはその所為かもわからない。太陽光も射さない闇に閉ざされた深海の世界は冷たく何も聞こえないだろうが、それは無に閉ざされることであり、何もかも忘れることとほぼ同義だろう。時にはそんな風に思うのも人間だし、それが一番の癒しになることもある。
 けれど海の底に何もないわけではない。あたしが泳いで潜っていった海――言うなれば心の海で見つけたものがある。「あなたの優しい所 温度と共に甦る」と。あたしが故意に沈めたものなのか、いつのまにか沈んでいたものかはわからないが、これがaikoの言うところの「別れても大切な想い出」であることは明白であろう。
 それを見つけた心の海は夢の海であったのかも知れない。サビを閉じるのは「冷たい床と暖かい冷蔵庫にもたれて眠る」とあるのだから。冷たいと暖かいの対比もいいが、暖かい冷蔵庫と言う表現もすごく好きだ。中は冷たいのに家電ゆえの暖かさがある、と言うほっこりする矛盾もいいし、もたれられる程度の大きさも相まって、痛みを抱えたあたしを包んでくれる存在を思わせる。aikoはセルフライナーノーツで「闇の中で一人ぼっちでいて、海の底みたい」と言っていたが、冷蔵庫は一人ぼっちを解消する誰か、と言ってもいいくらいの存在感が、この曲にはある気がする。(ところでこの「冷蔵庫にもたれて眠る」に尊敬する吉本ばななのデビュー作にして世界的に有名な「キッチン」をどうしても思い出すのだが(何せ冒頭、天涯孤独となった台所好きの主人公が一番落ち着ける場所として冷蔵庫の傍で眠るのだから)それはおいておこう)

■重くても痛くても、それはまばゆく輝いて
 二番に移る。低いモーター音を立てる冷蔵庫にもたれて本当に眠っていたようで、覚醒からスタートする。「低い音で目を覚まし 大きく息を吸い込んでみる/未来の色を決めつけたりするのはもうやめよう」……一番より少し短いが、ボーッとしていた時よりちょっと気持ちが上向いたようだ。「未来の色を決めつけたりするのはもうやめよう」はaikoらしいネガティブさをサラッと見せつつも、この曲の中でシンプルながら一番心に残るフレーズであると思う。海の底に潜るくらいに沈んでいたあたしがこう思えるまで回復したのは、甦った「あなたの優しいところ」のお蔭かも知れない。
 Bメロでは、あたしの胸にある本当の世界がかいま見える。「声にすると途切れてしまう 胸のかけら氷の世界」――言葉にすることは難しいが、抱えているものがある。経験してきたことがある。負ってしまったものがある。それは氷の世界と表現されるくらい、恐ろしく冷たいものであるらしい。あなたのことが痛いままであるのと同様、どうすることも出来ないし、多分どうしたいわけでもない。でも今度は、それについて再び冷蔵庫の傍で思いを巡らせる。
 それがどうも長い時間だったことが続くサビで明かされる。「雨の音でやっと気付いた こんなに時間が経っていた/熱い両手のぼせた首が教えてくれた事」 一体いつから移動してないのだろう、とちょっと思ってしまうが、外の天気が変わるくらいの長い時間、彼女はまた海を泳いでいたのだろう。あるいは眠っていたのか、ボーッとしていたのか。しかし、何も収穫がなかったわけでなく、気付いたことがあった。「あたしの消えぬ想いは宝物の石に変わる/重くても輝いて今夜の夢を見せてくれる」と。
 思い出すのは「ささいな失敗も、家に帰ったら必ず思い返して、もっと腑に落としたいし、重い後悔にしたい」「別れても大切な想い出だから。イヤなことがあっても、ヒドイことされても、大切に思えるし、時々「元気かな?」って思い返せることが幸せやなって」と言ったaikoの言葉達だ。氷の世界もあるだろう。痛みもあるだろう。でもそれと同じくらい確かに存在する輝かしいものもある。それ自体が重くても、全てが善きものでなくても、あたしを支える夢になるのだ。今まさにそんな夢を、あたしは見ていたのだろう。

■温度と共に、いつだって甦る
 そう気付いたなら、到達すべきところは近い。「こんな簡単に決められない あなたのことは痛いまま」と、一番のリフレインから大サビは始まる。あくまで痛みは痛いままである。その痛みを抱えたまま、彼女は再び海を潜る。「海の底を泳いで光を遮りたい 蒼いかも解らない程下のまた下で」――そしてまた海の底を泳いでいく。
 光を遮り、深い闇の果ての果てまで辿りついたあたしが見つけたものは、何だったのだろうか。「日曜日も☆のリングも22日も青い空も長袖も家の鍵も笑った目も夢のダンスも」と、それまでの抑えた歌詞を考えても怒濤過ぎるキーワードのラッシュがリスナーとあたしに炸裂する。私には、沈んでいた思い出の欠片達がまるでスノードームの煌めきの如く舞い浮かんで来たように思えてならない。
 そう。彼女の海の底にあったのは様々な思い出の欠片達だ。「あたしの消えぬ想い」と同様、「重くても輝いて今夜の夢を見せてくれる」もので間違いない。同時に「あなたの優しい所」でもある。それは海の底にあっても冷たいものではなく、「温度と共に甦」ってくる。いつでも、彼女はそれを手にすることが出来るのだ。
 自分の痛みと過去を見つめ直し、深く深く沈んでいったからこそ辿り着け、見つけられたもの。満ち足りた気持ちのあたしは再び、「冷たい床と暖かい冷蔵庫にもたれて眠る」でこの曲を締めくくる。それは忘却や逃避を表す眠りではなく、ようやく見つけた幸せにひたる甘い眠りである。彼女の傍でその行く末を見守っていた存在はタイトルにもなっている冷蔵庫だ。考えてみれば冷蔵庫とは主に食料を保存する機械だが、あなたの優しい所は腐らない。思い出は腐らない――ひょっとすると暗にそんなことを表しているのかも知れない。

■おわりに
「彼女」発売時のインタビューにてaikoは、年齢を重ねたことで様々な曲を書くようになったと語ると同時に、自分自身にもまだ知らないところがあると気付くようになった。
「私の中にはいろんな気持ちがあって、それをまだ理解しきれてないんやなあ。まだまだ知らないところがいっぱいあるんやなぁって……」
 それも踏まえての「彼女」というネーミングだが、四十一と言う新たな歳を迎えるaikoは、これまでの十年で一体どれだけの「知らない自分」と出会ってきたのだろうか、とふと思う。これからまたどれだけ出会っていくだろうか。でも一つ確かなのは、年を重ねるごとに心の深海に在る「優しい所」は増えていく、ということだ。忘れてもなお在る、ということでもある。aikoがまた傷ついた時や、痛みが残った時は、眠るように心の海の底へ泳いでいって欲しい。そこには多分、ファンである私達の「優しい所」もあって、何度だってaikoを癒すことであろうから。

(了)

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