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桜の木の下にあるもの -aiko「悪口」読解-



■はじめに――「桜の木の下」の「悪口」
「悪口」は二〇〇〇年三月に発売された、aikoのセカンドアルバムにして初のミリオンを達成した「桜の木の下」の七曲目に収録されている楽曲だ。冒頭にあるaikoの「いきまーす。わん、つー、わん、つー、すりー」とそっと入る合図からもわかるように、まるで宅内録音でもされたようなアコースティックな一曲で、厚みと派手さはない。ライブでの演奏もまれで、フルでの演奏はわずか四回、二〇一六年六月現在では五年前の二〇一一年、LLR5での披露が最後となっている(Tour De aiko調べ) それでも「悪口」と言われると、ある程度の存在感を持ってaikoファンの心にひっそり住み込んでいる一曲であるように思う。
 そのことは筆者の思い出も交えておいおい語るとして、まず収録されているアルバム「桜の木の下」がどのような意味を持ってこのような名を授けられたかに少し触れてみたい。というのは、「桜の木の下」と言われると、どうしてもこう思わざるを得ないからだ。「桜の木の下には死体が眠っている」――と。
 坂口安吾の「桜の森の満開の下」からの出典だと思っていたのだが、梶井基次郎の(そのものずばり)「櫻の樹の下には」が初出であり(正しくは「桜の樹の下には死体が埋まっている」))(安吾のは全く違う作品である。恥を晒してしまった)どこをどう辿って広まったかはわからないが、一般に広く知られた名句である。作品は青空文庫などで本当にさくっと読むことが出来るので是非読んでみて欲しい。
 この名句はaikoも知っている。桜の木の下発売時の雑誌・Hのインタビューにおいて、アルバムタイトルについてaikoはこんな興味深いことを述べている。

「で、『桜の木の下』――桜の木の下には死体が眠っているかもしれないとか逸話があったりとか(笑)、咲いている様がすごいきれいだけど逆に恐ろしく感じたり(筆者注:この点は安吾の「桜の森の満開の下」っぽい)」
「(中略)桜のそういうお話に魅力を感じたんですよ。というのは、自分の内面のものって、突き詰めていくとやっぱり私自身にしかわからないじゃないですか? どれだけ相手にわかってほしいと思ってしゃべっても誰もわかってくれないと思うんですよ。それがその木の下っていうことであったりとか」
「つまり、自分で収容しきれなかったこととかを歌詞に書いたり、逃げ場として曲に託したりしてる心の中のものを曲にしたので、今回は結構『うーん……少し木の下が見えてるかもしれない』みたいな(笑) 『開けてみないとわからへんよ、わたしは』みたいな」

 桜の木の下や夏服あたりの資料は年数が経っているため乏しく、aikobonも単にaikoの思い出話に終始するライナーノーツが多く、桜の木の下も例外ではなかった為、「桜の木の下」とは本当のところどんな意味を持ったアルバムだったのだろうと少し疑問だった。それがこのHのインタビューを読んで「やはりか」と頷いた。何となくぼんやりとしたものはあったものの、固まるほどではなかったそれが一瞬に結実したのである。
「桜の木の下」と言う深読みしてくださいと言わんばかりのタイトル、aikoもそれを狙ってつけたのだ。「花火」のブレイクに始まり「カブトムシ」「桜の時」とヒットを重ね着実に人気アーティストへの道を闊歩していく中で発売される、売れること間違いなしのアルバム。インディーズ時代からのファンならともかく、aikoファンなりたての男子女子そうでない人が初めて聴くことになるaikoの世界でもあるその一枚に、大胆にそんな意図を込めたとは。そういう攻めの姿勢がぶりぶり出るaiko、筆者は嫌いでない。
 一曲目からリスナーを引きずり込んでいく「愛の病」デビューより十八年が経とうとする今でも屈指の名バラード「二人の形」インディーズからのセルフカバーでキャッチーかつその名の通りパワー溢れる楽曲「Power of Love」などもさることながら、aikoの代名詞でもあり、相手を想う貪欲な気持ちが病的なまでに前面に押し出されたロックナンバー「恋愛ジャンキー」に、あたしがもたらした恋の終わりからどこかサバサバと立ち直る「お薬」けだるいジャズ調で歌詞も曲も自由気ままでどこか心地いい「傷跡」と、aikoの言う「収容しきれなかった」「心の中のもの」――桜の下にある何かの息遣いを感じ取れる曲達も待ちかまえている。そしてその中で、最もその暗部を担っているのが、今回述べたい「悪口」ではないかと私は踏んでいるのである。
「悪口」についてはaikobonのライナーノーツで、ああいう歌詞だから当然とも言えるが詳しく語られている。

■悪口 筆者の第一印象
 aikobonを参照する前に少し筆者の中の悪口の印象、および思い出話を簡単に書いておきたい。
 桜の花麗らかに咲く世紀末の春、「花火」の頃よりaikoと言うアーティストが気になっていた私は「桜の時」が好きだったこともあり(ただし「カブトムシ」の印象は薄かった)アルバムを早速レンタルで聴いてみることにした。勿論今と比べてaikoの知識などまるでない。音楽番組で動いて歌っているところすら見たことがなかったのではないだろうか。でもそんな私にでも「aikoは明るい」と言う、何を根拠にそんなイメージを作れたのかわからない概念があった(花火の歌詞、そんな明るいわけではないゾ。多分桜の時が春に相応しく明るい曲だったからだろう)
 そんな甘っちょろい考えだったから、「愛の病」や「お薬」はともかくとして「悪口」の印象は深かった。その曲は私の持つaikoのイメージを見事に翻してくれたのだから。二番Aメロの、友達を「嘘つき」と切り捨てるようにぼそりと呟かれ、しかし深く突き刺すそのフレーズに、当時中学校生活に馴染めずにいた私は正直ぐっと心が鷲掴みにされた。そして同時に恐れおののいた。「aikoって、こういう曲も書くんだ」と。とにかく意外。ただただ驚き。それに尽きた。
 まさにインタビューで言うところの「開けてみないとわからな」かったaikoの真実の姿、その断片に私は怯えるでもなく、崇拝するでもなく、どっちつかずの状態で固唾を飲んでいた。いや、どちらかと言えば確かに惹かれていた。それこそ梶井基次郎の「櫻の樹の下には」で、薄羽かげろうの死体が放つ光彩を見てしまった主人公が語ったような、「胸が衝かれるような気」がして、「墓場を発いて屍体を嗜む変質者のような残忍なよろこび」が胸に息づいたのである。
「このaikoと言う桜の木の下には一体どれだけの暗いものが隠されている? どれだけのものをまだ隠している?」「あの明るい彼女の裏には何がある?」――そんな人にはおおっぴらには言えない後ろぐらい興奮を確かに自覚しながら、けれども私はその時点ではそれを、どこか「敢えて」通過した。私の興味は別のアーティスト(具体的に言うと椎名林檎であるが)へとその時点では逸れてしまった。aikoへの愛、認識欲はさらなる覚醒におよそ一年の時間を要することとなる。
 そしてその暗きものへの欲求は、十数年を経て今ここに発露しているのである。そう、私の中で「悪口」は、ある意味ではaikoを分析してみたい、もっともっと知りたいと言う原初の生々しい衝動が今でもなお秘かに息づいている作品なのである。

■善意の暴力
 今更言うまでもないことだが、かいつまんで「悪口」がどのような歌詞かを説明しておこう。
 友達と長電話に興じる夜。けれどもその友達は、あたしの嬉しい話楽しい話に興味を示さず、悪口や泣き言ばかりを聞きたがる。あたしにはそれが辛くてたまらない。「何でも解る」と自称しておきながら、とんだ嘘つきだ。そうまでして「あたし」を自分のものにしたいのか。怒るあたしだが、しかしそのことを憎んでばかりの自分もまた嫌いになっていた。ひとしきり泣いて我慢していた気持ちを吐き出したあたしは、再び前向きになる。その友達にもこう願う。笑ってばかりいないで、叱ってくれ、と。
 aikoはこの歌詞が出来た背景をaikobonで語っていた。
「いるじゃないですか、なんか。最近どう?って聞いてきて、ハプニングばっかりを楽しみにしてる人。ハッピーな話より「モメてさぁ~大変で」「それでそれで???」みたいな人。
 そんな人が周りにいたんですよ、会うたびに私に「疲れてるやろ?」って言う人がいて。全然元気やのに「疲れてんなぁ、大丈夫? 寝てんの? 私は全部わかってんねんで、しんどいんやろ?」って。私はすんごい元気に楽しく頑張ってんのに、顔見るたびに、疲れとるなとか、目の下にクマが出来てるとか言うわけですよ。私はあなたのツライところ全部わかってるからって、言われて、何回も。
 いやいや……それはちゃうよ~って思って。楽しく遊ぼうとしてんのに、そのつどいっつも、しんどいやろ?って。もう~~~と思って。
 なんか違うなって。それは仲良しとは違うんちゃうかな? と思って書きました」
 歌詞に関わるところをほぼ全文抜き出してみた。具体的に誰と思い浮かばないでもaikoの感じた気苦労に共感出来る人は少なくないはずだ。相手の話を聞かずに勝手に決めつけ、それが悪いとも思わずに善意を押しつける。自分だけが相手の理解者であるという優越感に浸るが、それはただ単に迷惑な支配欲であることに気付けない。気付いた時には相手との関係はすっかり壊れていて、何があったかすらもわからないだろう。
 などとつらつら書いたところでaikoの言う「それは仲良しとは違う」という一言には敵わない。「悪口」はそんな崩壊すれすれの友情を題材にした一曲だ。

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