永遠に繋がる完結世界 -aiko「ずっと」読解-



■ずっと概要
「ずっと」は2011年11月23日、aikoの誕生日の翌日である晩秋にリリースされた29枚目のシングルである。フジテレビ系ドラマ「蜜の味 ~A Taste Of Honey~」の主題歌であったが、筆者はドラマ未見の為ドラマの内容には今回言及出来ない。重苦しい、心に錨を下ろすようなピアノの和音から始まり、重厚で荘厳なサウンドで一貫されている曲であり、歌詞にも同様に深く、重く、ゆえに大切な印象を受けたのを覚えている。
 多くのリスナーの心に深く刻まれたであろう「あなたに出逢えた事があたしの終わり」はとかく衝撃だった。多分このフレーズを超える衝撃は「ずっと」以来現れていないような気がする。天啓と言うか、今まで発見されていなかった定義を発見してしまったかのような驚きを覚えたのだ。丁度リリース時はLOVE LIKE ROCK Vol.5のツアー中でありセットリストにも盛り込まれていたが、ロックな雰囲気の中でこの曲はバラードそして新曲であることを加味せずとも異様な存在感を放っていたような気がする。それはaikoの全曲の中でも言えるのではないか。今回執筆の為にaikoのインタビューに当たっていて強くそう感じた。

■無から生まれた純なる想い
 発売当時のインタビューで彼女はこんな風に言っている。

「怖いぐらいにまっすぐで苦しいけど、そのつらさを上回るくらいの“好き”がテーマのドラマと聞いたんです。でも大人になると恋愛以外にもいろいろあるから、そこまでの気持ちにはなかなかなれない。だから自分をいったん真っ白にして、目をつぶって、心に浮かぶことを書き留めていったんです」(切り抜き所有の為雑誌名不明・雑誌1)

「まわりのことが見えなくて、場合によっては怖いと言われてしまう……苦しくてせつないけど、それを上回るくらいの“好き”をテーマで書きました。でも、そういう気持ちって大人になると薄くなるというか、いろんなことを考えちゃうじゃないですか。恋愛以外に考えなきゃいけないことがたくさんあるし。だから自分を一旦真っ白にして、他の何も見えなくなるほどの“好き”ってどんな感じだろう……って、夜中に目をつぶってジーッと考えてみたんです」(同上・雑誌2)

「ピアノの前に座って、何も余計なことを考えないで、自分自身の心の中を一度、真っ白にしました。そして“この人が本当に好き”って気持ちだけになったら何が生まれるんだろうって考えてつくったんです」(同上・雑誌3)

 aikoの曲は大体、何かしら曲が出来るきっかけと言うものが存在する。疲れ目からのアンドロメダ、電池残量を示すアラートから赤いランプ、鞄から出てきた忘れていた飴に対して何時何分、赤いサンダルが上手く履きこなせなかったことから赤い靴、割れたコップから洗面所、などなど枚挙に暇がない。常人ならば見逃してしまう物語の端緒を丁寧に繊細にそして目ざとく拾い上げ、あたしとあなた、あるいは僕と君の世界を無数に無限に創り上げていく。ミュージシャンとしても、そして作家と言う芸術家としてもその多作ぶりは見事の一言で筆者としては自分の寡作を不甲斐ないと思うばかりである。
 同時にその才能にも嫉妬してしまうのであるがそれはさておき、しかしこの「ずっと」に関してはインタビューによるとそのaikoが普段取っているはずの創作過程を取っていないのである。出発点からして違うのだ。
「自分をいったん真っ白にして、目をつぶって、心に浮かぶことを書き留めていった」「何も余計なことを考えないで、自分自身の心の中を一度、真っ白にしました。そして“この人が本当に好き”って気持ちだけになったら何が生まれるんだろうって考えてつくったんです」──つまりはaikoの“ゼロ”から生まれた曲であるのだ。何のしがらみもなく、日常生活すら入り込む隙間もない。濃く、重く、ノイズもなく、純正である。確かに歌詞を打ち出した際「普段なら何かしらの背景を持っているはずだけど、文脈やきっかけというか、そういうのが全然見つからない、何て言うか不思議な曲だな」とは思っていたのだ。そういうのが排されていたのであればそれは当然であった。究極なまでに絞り上げ、磨き上げられた二人の世界である。発売当時のオリコンでも彼女はこう語っている。

「(ドラマが)まっすぐな恋というテーマなら、いつも以上にそうありたいと思って、今の状況とか年齢とか何もかも真っ白にして、私が大切な人を想う時にいちばん初めに生まれるもの、根底にあるものを曲にしようと思って。こう、夜中にひとり、ピアノの前で目をつぶってじーっと考えて。それで、出てきたものをぶわーっと弾いて、歌って、歌詞を書きとめて……と一晩中やって生まれました。一言一句、ギリギリまでねばり続けて作りました」(オリコンスタイルより)

 自分を真っ白にした地点から生み出したもの。それは言ってみれば己の深奥に触れる試みでもある。いっそ怖くなってしまうくらいに。オリコンのインタビュアも「いつも以上にaikoの心の奥が出ている」と評し、それを受けてaikoはこう話す。

「そうだと嬉しいな。曲を書く時って、いつもは何かしらきっかけがあるんですよ。好きな人と目があったとか、ケンカして言い合いになったとか、何かの場面や感情に触発されて、曲が浮かぶんだけど、今回はまっさらなところからスタートしたから、書きながら自問自答もいっぱいしたし、自分の心の奥を覗けたような気はしますね」(同上)

 それを実践し最初に浮かんだ言葉が「ずっと」と言う、この曲のタイトルでありテーマでもある言葉であるのは、「ずっと」一曲に留まらず(少なくともその当時の)aikoという作家、文学性、そして哲学の根幹にあるものだと思う。よく私はaikoは刹那主義であると書くことがあるが、刹那と永遠は相反するようでいてその実、裏表のような関係性がある。話が逸れるので深くは書かないがライブに代表されるような一瞬を尊重するのは、幻想に近い永遠をそれでも真実として望むからだろう。
 ともかく、こういった創作方法はaikoにとってはかなりの実験作だったのではないだろうか。そしてこれほどまでに純正な作品もそうそうないだろう。シングルにして出してしまうのが勿体ないと感じてしまうほど貴重である。

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