■十分な伏線
「新しい気持ちを見つけた あなたには嘘をつけない」と言うフレーズから「二時頃」は始まる。後述し、またメインテーマにもなるが曲のラストにある「嘘をついてしまった」と対応する部分である。タイトルにも掲げているしもうすっぱり言ってしまうが、「二時頃」は「あたし」が嘘をついてしまうまでの物語である。
先走る前に丁寧に見ていく。「あなたには嘘をつけない」と言う「新しい気持ち」は次に出てくる「恋」と同一と見ても差し支えなさそうだ。aikoのライナーノーツにもあったように寒い部屋での真夜中の電話と言う設定が綴られるこの部分で注目したいのは「何も知らず」と言う語句で、勘のいいリスナーなら何かあると察するに違いない。改めて見れば、後半への伏線は曲の出だしからしっかり張られているのである。
Bメロ、「あなた」との会話にドキドキする「あたしのこの心臓は鳴りやまぬ いいかげんにうるさいなあ」は後半の展開を知っている者からすればなんとも言えず暢気に思えるし、それ故に後半との落差に切なくなる。ところで「右から秒針の音 左には低い声」そして「あたしのこの心臓」と続くのを見ていて、何となく思ったのだがここでは右・左・中央を示しているのかも知れない。とはいえ心臓は左にあるものだが、心臓=ハート=想いと取るのならば、想いを「あなた」に寄せていることをも表していると読み取れる。
さてサビだ。「ひとつだけ思ったのはあたしの事少しだけでも 好きだって愛しいなって思ってくれたかな?」は大サビでも一部変更して繰り返されるフレーズである。これもまたさっきの伏線と同じであり、このサビにこんな文句を置いていると言うことはやはり察しのよい人ならこの先のフレーズに身構えてしまうだろう。
言葉自体はシンプルであるのに込められた意味は素で人の心をえぐってくるし、突き刺さってくる。その痛みは、ある意味では、続く「小さく脆い優しさ」を跳ね返したものなのかも知れない。「小さく脆い優しさ」とは、全て聴き終えて初めてわかる、あるいはaikobonのライナーノーツを読んでわかることだが「彼女(Tinyな女の子)のことを言わないこと」である。「あたし」がどの程度知っているのかで曲の印象は違ってくるが(例えば、「あたし」は既に彼女の存在を知っている、もしくは予期しているパターンと、それこそ歌詞の通り「何も知ら」なかったパターン。歌詞に忠実に読むならば後者となる)男女間における「優しさ」が人を傷つけてしまっている皮肉な構図がありありと浮かび上がってくる。時として「優しさ」は罪になることをリスナーは痛感せざるを得ないだろう。
しかし「それだけで体全部がいっぱいだったのに・・・」と歌詞は続く。「あたし」がどこまで知っているかはわからないが、彼が何も言わずにいること、こうやって真夜中の会話に興じることだけで「あたし」は十分に幸せだったのだ。けれどこうして書く以上はそれだけじゃなくなった、欲が出てしまったんだろうか。FUNでのaikoの発言を思い出すと、どうしても「あなた」と付き合いたいと言うか、何としてでも入り込める隙はないだろうかと思ってしまったのかも知れない。僅かでも希望を抱いたことが、「あたし」を終わりへと導いてしまったと考えると切ないこと極まりない。
一番とCメロを繋ぐ小段落に移る。「いつ逢える?」から始まるこの部分は先述した通り「その瞳に映してほしくて」と、他のaiko曲でも頻繁に用いられる「目に映す」表現が現れる。しかし「二人」「相合傘」「アスパラ」など先に触れた通り、「あなた」が誰か別のものを見ている場合が残念ながら多い。やはりここでも気付く人は気付く。その瞳に映っている女子は他にもいると言うことを。ことによると、「あたし」は最初から視界の外にいるかも知れないということを。考えて見れば、この曲は「電話」の曲でもある。テレビ電話でもあるまいし、声だけ届いて彼の視界に「あたし」の姿は髪の毛一本も映っていない残酷さに、改めて私達は頭を抱えなければならないだろう。
そして問題のCメロである。いくつか先述したが男女間の関係をどことなく匂わせるような書き方と、秩序を乱す――と言うよりは、前提をひっくり返すような存在の「Tinyな女の子」の出現により「二時頃」の世界は急変する。――いやむしろ、伏線の多さからすれば全て予定調和であった節がある。そのまま大サビに移る。
一番のサビとほとんど変わらないフレーズのリフレインがあるが、意味も印象も大分違ってくる。「ひとつだけ思ったのは」が「言ってくれなかったのは」に変わっている。ここではもう当然ながら「あたし」は「Tinyな女の子」の存在をどういう形でかはともかく知ってしまった。彼女の存在を言ってくれなかったのは――言わずに真夜中の会話を続けたのは、「あたし」への好意があった故? それともはっきりと断れない「優しさ」故? 「あなた」の罪深さにリスナーはそれぞれ静かなる憤怒を、そして同時に虚しさを抱かずにはいられなくなってしまう。
そして最初のフレーズを覆す「嘘をついてしまったのは精一杯の抵抗」と言うフレーズが続いていく。「あなたを忘れる準備をしなくちゃいけないから」と、「あたし」はこの恋愛から去っていく。かつて抱いた「新しい気持ち」を、純粋無垢だったはずのその気持ちを握り殺して。けれども最後、この曲はこのフレーズをリフレインして終わる。「ひとつだけ思ったのはあたしの事少しだけでも 好きだって愛しいなって思ってくれたかな?」と。最後にこんなフレーズを残して終わるのは反則である。「忘れる」と言っておきながら、未練が滲んで思わず口から突いて出てしまったような形のこの部分は、相手への気持ちを捨てるに捨てられない、けれども終わらせなければならない悲しい恋の儚い断末魔であり、私達に多大なる切なさを呼び起こしていくのだ。
■優しさが恋を殺す
以上つらつらと読解を進めてみたが、これこれここが悪い! と詰るとするならば、それは「あなた」からの「小さく脆い優しさ」であろう。「あなた」がさっさと自分には彼女がいる旨を伝えれば「あたし」がここまで深く傷つくことはおそらくなかったはずだ。第一、「小さく脆い」と形容されているように所詮そんな遠慮や気遣いなど取るに足らない余計なものであり、かえって相手を苦しめる可能性もあることを私達はもう十分知っているはずである。もっと言えば、彼女の存在を告げないことで「あたし」に優しく出来ている、と言うあさましい自己満足でしかない。「あなた」の方はそれにすっかり依存して、「あたし」と電話を続けていたのかもわからない。はっきり彼女の存在を言うことが心臓を一刺しして殺すことならば、「小さく脆い優しさ」をかけ続けることは毒物を投与し続けて殺すかの違いでしかない。どちらが惨く、苦しみが長く続くか、一目瞭然であろう。
だがしかし、「あたし」もその優しさに依存していたことは否定出来ない。「Tinyな女の子」と言う真実に段々と気付き始めていても「あたし」は電話をやめなかった。一体どこでどうやって、どのようにしてその存在に気付き始めたのかは各々の想像に依るしかないが、それでも続いていた「小さく脆い優しさ」こそが「好き」と「愛しい」の証左だと思い、彼女は慕い続けていたのであろう。「それだけで体全部がいっぱいだった」とある通りである。けれども恋は終わった。それもどうやら、「あなた」を健気に慕い続けた「あたし」自らによって幕は落とされたようである。
■何に対する抵抗か
「二時頃」の歌詞の中で、読解の手がかりとなる疑問をあげるならば、つけないはずの「嘘」と、それに伴って記述される「精一杯の抵抗」である。一体何に対しての抵抗であり、どのような嘘なのだろうか。
「あなたを忘れる準備をしなくちゃいけないから」と続くのであるから、「あなたを忘れる」為の抵抗なのだろう。「あたし」は「あたし」自身と抵抗戦を繰り広げているのだ。戦う相手である「あたし」は、「あなた」のことを忘れたくないと言う、言わばこの「二時頃」で歌われる恋愛そのものとも言える。
まだ「あなた」のことが好きな気持ち、まだこの関係を続けていたいという未練に対し抵抗を企て、やがては勝利する「あたし」はしかし何故己の心を処分する決意を抱いたのか。それは「Tinyな女の子」――Tinyとは小さい、と言う意味だ。aikoはFUNにて「ちっちゃい子」が相手だとその恋愛からは「引く」と言っている――が彼女として彼の傍にいる以上、この恋に自分が入り込む脈無し、自分は失恋したとはっきりわかってしまったからだ。「あなた」からのさよならを聞くくらいなら、自分で自分の恋心を始末する。その方がいくらか痛みは薄い。そう思ったのかも知れない。
抵抗は言い換えるなら強がりとも言える。強がりと言えば過去に「風招き」についての考察でも書いたが、「風招き」の「一人ぼっちが好きと吹いて回った 心細くて死にそうな夜を越える為に」と言うフレーズは強がりを言いながらも本当は心細い気持ちをそのままはっきり示していた。「二時頃」の「あたし」がついた「嘘」はそれとは違い、本当の気持ちを隠している、純粋な意味での強がりであると見てよいだろう。まだ「好き」と言う気持ちを始末する嘘とは、どのような嘘なのだろうか。