■「電話」を冠していながらも――「星電話」を読んでみる
電話が登場する曲は二十曲以上だが、「電話」とタイトルについた曲は、現時点では「星電話」一曲である。aikoにおける電話の研究と題すならこの「星電話」について避けては通れないだろう。
とは思うものの、実際私は出来るなら避けて通りたかったものである。別に嫌いな曲と言うわけではない。それどころか「秘密」の中では三本の指に入る好きな曲だ。では何故かと言うとこの曲、不可解な言葉が多くどう読んだものかわからないからだ。
タイトルの星電話もそうだが、まず歌詞を読んでいてうん? と首を傾げるのは「想い出す」と言う書き方である。普通なら――つまりRemember、相手のことをや過去を思い出すの意味でならここは「「思い」出す」と書くのが適当なのだ。実際歌詞の文脈を考えてもそれがいいのだが、何を思ったかここでは相手を愛しく想うなどの「想う」の方を当てている。わざとなのか誤変換なのか?
これが一曲だけなら誤変換の可能性もあるが、どっこい用例は既にあった。初出は(これもまた電話曲である)二〇〇五年に発表された「蝶の羽飾り」で、曲の最後のフレーズが「次にあなたを「想い出す」のは」となっている(括弧筆者)既に用例があるなら誤変換の可能性は薄い……か……? と苦しくなってしまう。しかしながら、なら他のアーティストの用例はあるかなと適当に歌詞検索サイトで調べたところ、そこそこの数が引っ掛かるので、「想い出す」と使ったのに全く意味はない、と言うこともないと言える。
この想い出す。敢えてここで定義付けるなら、Rememberの意味に加えて相手を恋しく、愛しく想うの意味も付与されたもの、としたい。今後また「想い出す」が登場すればいいのであるが、ひとまず現時点でこの語句についての言及は以上とする。が、星電話にはまだ躓くところがある。読みながら考えていこう。
■嘘の笑顔を浮かべるのは
曲の頭はサビから始まる。「今繋いだ星電話 窓の外の光が写真になる/あなたを想い出すと どうしても優しい顔ばかり」
星電話って何だよ! と電話登場曲詳細にて思わず吠えてしまっていたがマジで何だよ、である。文学的なポリシーやあらゆるもの全てかなぐり捨てて言いたい。マジで何だよ。しかしながら「秘密」には「恋道」と言う曲もあるし、最新アルバムの「May Dream」、「運命」で登場する「夢道」、ついでに「September」で登場する「ナキ・ムシ」も加えて並べるが、つまりそれらと同様aikoの造語と解釈するより他ない。それでも何とか考察しようとするなら、糸と会話するから「糸電話」、ならば「星」で会話するのが「星電話」――と言うのは苦しいか。
そんなこと考えるだけ無駄のような気もするが、ここでaiko並みに敬愛する谷山浩子の名曲「銀河通信」を思い出すと言うことを、完全に蛇足ながら書き加えさせていただく。なおこの曲も「遠い銀河の果てにいる名も知らぬ友達から、独りでいるわたしに「電話」が掛かってくる」と言う設定で「電話」が登場する曲だったりする。しかし「星電話」ではどうやらあたし側からの発信である。このことについては後々考えることにしよう。
「窓の外の光」は多分タイトルに準えて夜空の星と見るべきだろう。それがかつての日々の写真となる。そこに写っているだろうあなたを「想い出す」と――普通に「思い出す」の方で考えると「どうしても優しい顔ばかり」浮かんでくる。
あたしとあなたの関係は、現在どうなっているのだろうか。一番Aメロは風景描写である。ここはBメロと続けて読んでみたい。
「流れる景色は痛くもなく心地良くもなく/小指に出来たさかむけの方がずっと気になる」「夢中で追いかけたあの頃止まってしまった時間に/「元気?」問い掛けるあたしは嘘の笑顔さ」と、サビの歌詞が生まれるような「現在」の出来事が綴られている。察するに、別れてしまった恋人と偶然再会したようだ。「気付かれないように」や「Yellow」などに代表される、よくあるプロットの曲である。
ただ「嘘の笑顔」を浮かべてしまうあたしは「気付かれないように」のあたしほど大人びた感じがなく、まだその恋に、しがらみやコンプレックスのようなものを感じているようである。「夢中で追いかけた」のに「止まってしまった時間」なのだから、それもしょうがない。「止まってしまった時間」はそのままあなたのことやかつての日々を指していて、嘘の笑顔を無理して浮かべるあたしは、まだ全然受け止めきれていない。消化しきれていない。
笑顔は嘘だ。すなわち強がりだ。そうなると「流れる景色は痛くもなく心地良くもなく」などとAメロで歌うのは「かつての恋人と再会したけど別に何も変わらなかった」「別にこっちは傷付いてもいないし、新しく変わったこともない」と言いたいためだろうし、「小指に出来たさかむけの方がずっと気になる」と歌うのも、かつての恋人より、今あるどうでもいいことの方が大事なのだと言いたいためだ。過去のことは過去のことなのだ。
でもそれは嘘だ。このAメロは私には強がりか、あるいは現実逃避にしか思えてならない。少し先になるが、二番のサビではこう歌われる――「本当は戸惑って」と。一番のサビは曲頭のリフレインである、と見せかけて実は「今繋いだ」から「今」が取れている。些細なことだが、曲頭の時間軸に戻っているのかも知れない。ただ、「繋いだ」とばかりで、相手からの応答はない――。
■あたしは何を見ていたんだろう
二番に移る。Aメロはショッキングな始まり方だ。これは多分回想で、別れた時か別れた後の二人の場面であろう。もし回想でなく、今再会した時に言われた言葉だとしても辛みはある。そのAメロは「「君を幸せに出来なかった」と言われた/強いあなたしか知らなかった様な気がした」と言うもの。
あえてこのタイミングでaikoの言葉を参照しよう。「秘密」発売時のインタビューで、「星電話」の内容についてaikoはこう語っている。
「その人が泣いてる姿も、悩み事を言ってる姿も見てなかったとしたら、「ああ、この人のこと、私は何も知らなかったのかもしれないな」って思うんじゃないかと思って」
「自分が思ってる以上に何もわかってないっていうこともあるのかも、と思って書いた曲」
ちょうどこの文章では電話が持つ特性について書いてきたが、別に電話だろうとそうでなかろうと、「見えていないもの」は見えないし、「聞こえていないもの」は聞こえない。あたしが見てきたもの――「見えていた」ものはあくまで「強いあなた」ばかり、そして思い出すのは「優しい顔ばかり」のあなたであって、本当は――それこそ「ビードロの夜」のあたしがそうだったように――あなたには泣いている姿もあったろうし、悩んでいるところも、辛いところもあっただろう。
しかし、作者たるaikoが語ったように、あたしは何も知らなかった。何もわかっていなかった。わかってしまった時に、全ては終わってしまっていたのだ。それは突然の別れだ。「飛行機」の「何がどうしたの?」に近い別れだ。そしてこういった形での最後は、ただ後悔ばかりが深海の砂のように積もっていく。後悔――どこかで、あなたの本当の姿に気付けたなら。もっともっと、理解出来ていたなら。そして、そんな想いで充満する体に、突然の別れへの「戸惑い」は嫌でも渦巻いていくのだ。
察するに星電話の「あたし」はまだその戸惑いも、後悔も抜け切れていない。一番の嘘つきな外面からもわかるが、二番Bメロが「あたし」の真実を暴露してはいないか? 「充分に時が過ぎてあたしは平気だと思ってたのに」――平気だと、そう思っていた。相手からの言葉と、その別れに対して、何となくあてつけのようにすら読める「平気」。何だったら、次の恋愛にすぐ移れるくらいに思ってたのだろう。
でも実際は違う。「あなたの斜めになった肩がすぐ浮かんだ」のだから。本当に平気だと、小指のさかむけの方が気になるくらいどうでもいいと思えているなら、斜めになった肩などと言う特徴的なものなんて、すぐ浮かぶわけがない。
そのことに対し、自分でも驚いている。どこか絶望にも似た気持ちで落下する如く曲は二番のサビになだれ込む。ここに「星電話」は出てこない。ここではあたしの真実の更なる真実が暴露される。「本当は戸惑って見失ったものを探している」と。
元気? と嘘でも笑顔で問い掛けた。流れる景色は痛くも心地良くも無くて、むしろ小指に出来たさかむけの方を気にしていた。あの時の別れやショックな言葉にも、もう時が過ぎたんだからとっくに平気だと思ってた。思ってた。思ってたけれど、「本当は」――きっとずっと――「戸惑って」きたのだ。そして「見失ったもの」――即ちあなたを、あるいは、二人が二人で在る為に必要だったものを、今もずっと探しているのだ。
ここまではいい。お察しかも知れないが、結構筆がノッて書いてしまったので、もうこのまま終わりまでまとめてしまいたくなるが、タイトルの「星電話」に続く謎ワードがここで出てくる。「あたしに巻き付く灰色のものさし くだらない」である。叫ばせてください。灰色のものさしってなんだよ! これはもう本当に個人の解釈でやるしかない。(もしどこかでaikoがこのことについて話していたなら是非教えてください)
■灰色のものさしの謎
ものさし、と言う以上何かを測るものだろう。(どうでもいいが「巻き付く」なので定規ではなくメジャーみたいなものだと思う)ここで測りたいのは何か。どちらかと言うと「重さ」を測る天秤、はかりを持ち出したいところだが、想像するなら自分の善悪であろうか。自分の何が悪かったのか、どこを間違えたのか――でも、そんなものを測ったところで終わってしまっている以上意味がない。だから「くだらない」のだ。「灰色」なのは、善悪はっきり白黒つけられないことを表している。――と言う解釈はどうだろうか。
もう一つ想像すると、ものさしである理由がないが、言い訳的なもののメタファーだろうか。言い訳。本当のことであってその実、自分を言い繕うための嘘である。一番の歌詞からわかる通り、あたしは嘘をついたり強がったりしている。別れから生じた戸惑いにあたしはすっかり動転し、歌詞中には見えないが、きっと様々に自分を言い繕っているはずである。そうやってなんとか平穏を保とうとしているのだが、どうしてももやもやしたもの――グレーなものになってしまい、そして大して効果は発揮されない。故に「くだらない」
と二種類挙げてみたがこの謎のフレーズは本当に人に依る。解釈次第でなんとでも言えよう。自分の善悪の如何であろうが、平静を保つための言い訳だろうが、現状に対しあたしが「くだらない」と一蹴するものならばきっとそれが「灰色のものさし」だ。
■優しい顔しか浮かばない
曲も終わりに近づいたCメロで、かつての日々の断片をまるで思い出すかのように、あたしは挙げていく。
「意地悪な言葉も知ってる 嘘付いた事も解ってる/刺す様な夕陽に下を向いてしまった事もある」――「嘘付いた」のはあたしからではなく、彼の方からのように読める。あなたとの日々は楽しいことばかりではなかったことを表す「刺す様な夕陽」と、それに顔を背けたあたしの記憶。相手と再会したことで意識の海に沈んでいた――もしかしたら「沈めて」いたそれらが、不意にふわりと浮かんできてしまったのだ。
それを受けて曲を締めくくる大サビは、曲頭サビのリフレインと、最後のフレーズをリフレインする形で構成される。意地悪なことも、嘘をつかれたこともあった。けれどそれらのことを思い出してもなお、「あなたを想い出すと どうしても優しい顔ばかり」なのだ。駄目押しのように――自分にはそれしかないのだと言うようにまた「あなたを想い出すと どうしても優しい顔ばかり」と繰り返す。
曲中で四度も歌われる「どうしても優しい顔ばかり」。あたしが気付いてしまった「強いあなたしか知らなかった」こと――その姿以外のあなたもいた事実。それにあたしは気付けなかった事実。そして終わってしまった二人のことをどこか皮肉るように、いや皮肉どころか嘲笑するように響いてくるのは、気の所為ではないと思いたい。それと同時に、別れてしまってもなお、嫌な顔も思い出も、別れや再会からくる辛さも切なさも、跳ね返すほどの強烈な愛しさをその「優しい顔」が持っていること――即ち、まだあたしがあなたを諦めきれていなかった、吹っ切ることが出来ていなかった――なんだったら、まだ好きでいることもまた、深く深くリスナーの心に傷を付けるように残していくのだろう。ここでの「おもいだす」の表記は、相手を「想う」の字が採られた「想い出す」なのだから。