■不釣り合いな赤い靴
 aikoの赤い靴はどのような物語を生み出しているのだろう。歌詞を読んでいくこととする。
「ほしくてほしくて手に入れた 底の高い赤い靴は」と、一番の冒頭から赤い靴は登場する。赤い靴はライナーノーツでもあったように、昔も今もスニーカーづくしのaikoにとってはちょっと勇気を出して手に入れたであろう憧れの履き物であり、言うなれば理想のメタファーである。
 この赤い靴は底が高いのだが、「あなたの肩にこのあごが届くように」と続く歌詞にあるようにあたしが履くとやっとあなたの肩まで顎が届くようになる。aiko本人の体の感覚が無意識に歌詞に表されるのか、aikoの歌詞に登場するあたしは比較的小さい女子であるが(「シアワセ」の「小さいあたしの唯一の特権」など)小さいあたしに背の高いあなたは残酷な話だが若干“不釣り合い”とも言えよう。だがそれ故に憧れは強くなる。ほしくてほしくてたまらないのは赤い靴だけではない。あなたに対してあたしからの矢印は熱烈に向けられているはずだ。
 だがしかし続く歌詞は不穏である。「周りの空気外の空気どこかで区切りをつけたのは/あなたの散歩がひどく怖いから」とある。周りはどこなのか、外は何なのか判然としないが、人間がいろんな顔を使い分けるように空気感や雰囲気も人や場所によって違ってくる。あたしはその違いを敏感に察知し、内心区切りをつけて観察している。それは「あなたの散歩がひどく怖いから」だと言う。散歩。意味ありげな語句として出てきたが、これは私が思うにおそらくは浮気とかそういうものであろう。インディーズ一曲目の「Do you think about me?」で言うところの「いいこチャンと仲良くしてる」である。
「変わる回る傷つく心 手に負えない程ごまかせないね」と心は既に傷ついているようだ。その傷は誰によってこさえられているのだろう? 「あなたがあたしについた嘘」と、答えはこれしかない。嘘によってつけられていった傷から湧き出す痛みは「悲しくけだるい魔法をかける」のだ。それは灰かぶりをシンデレラに変えるおとぎ話の魔法とはほど遠い、何かを諦めさせる正真正銘の呪いである。
 サビに入る。「明るい空に通り雨」とあり、「明るい空」なのだからある程度は順調にいっていた交際なのだ。しかしその空をかき乱していくのは通り雨で、それは突然訪れたものだ。無論いつかは去っていくものでもあるが、順調とは言い難くしてしまった。突き落とすことなど容易い。浮気の証拠を見てしまったのか、察したのか。亀裂は準備が良く狡猾であり、すぐさまあたしに「さよならの理由」を並べさせる。それらは今に至るまで暗渠に隠されていたいわゆるマイナスポイントであり、一定の値を越えてしまえば破局への鍵となりえる。男子もそうだろうが、女子は人間関係においてこのシステムが特に顕著に働いていると思う。私にも心当たりがある。ある日を境に不満が爆発する、などはよくある話だ。
 それは歌詞にも表されていて、「あたしを追いこんだ無防備な 突然やってくる雷のよう」と歌われている。毎度恒例aikoの日本語おかしいよポイントであるが、この「無防備な」がどこにかかる形容動詞かちょっとよくわからない。あくまで規則的に捉えるなら雷にかかるものだろうが、文脈から察するに無防備だったのはあたしである。前句の「通り雨」という表現にも適しているだろう。無防備だったからこそ「さよならの理由」が「突然やってくる雷」の如しなのだ。この先あたしとあなたはどうなるのか、あたしはどうするのか。一番からして既に心穏やかではない。

■あなたの笑顔というカード
 aikoがライナーノーツで書いていた解説(余談だが珍しくライナーノーツらしい解説である)がそのまま歌詞にも表れているのが二番Aメロだ。「ゆっくりゆっくり押し込めた 物欲にからまった気持ち/全てあなたのためだった事を知って」と、まさにaikoが言う「好きな人のために、よく思われたいと思って」の通りである。
 ここの「物欲」は何かを欲しがる欲望――何か、とは具体的に言えばやはり「赤い靴」、理想を達成出来るもの、が適当なのだろう――が第一に来るのだと思うが「あなた」その人を求めていた気持ちもあると思う。ただそれを「押し込め」ていったわけであるから、そうすることは止めようと思ったのか、一番の内容を受けて、遠慮していこうとしたのか。しかしあたしはそうやって処分していく物欲を見て気付いたのだ。新しいことに挑戦すること、着飾ること、それらが全て「あなた」によく思われたいから――言うなれば、「あなた」の隣に立つのに相応しい自分になるためだったからと。全て「あなた」を基準にしてあたしの生活は成り立っていたのである。それを無くしていくということはパラダイムの変化に他ならない。
 それは赤い靴を再び履いた時にも痛感したようだ。それこそ踊り続ける赤い靴に翻弄されるカーレンのように「やっぱり真っすぐ歩けない」のだが「はきこなせない赤い靴に/たまらなく好きだった事を知る」のだ。ここに滲む感情はきっと悔しさであろうし、惨めさでもあろうし、理想へたどり着けないことへの理不尽さ、現実への腹立たしさもあろう。それらが全て「はきこなせない」に集約されているのだが、それは「はきこなしたい」から出てくる気持ちだろうし、もっと言えば単純に、そう、歌詞の「たまらなく好きだった事を知る」にもあるように「好き」という気持ちから全て生まれたものであるだろう。aiko自身も、エピソードで話していた例の赤いサンダルをきっとちゃんと履きたかったはずだ。あたしの場合も同様で、赤い靴をはきこなしたいし、あなたの肩に顎が届くように隣合いたかった。あなたのことが好きだったのだ。そしてその気持ちは、たとえさよならの理由を並べたところでまだまだ、諦めきれないのだ。
 だがしかし、現実はそうはいかないのである。既に別れの方向に舵を取ると決めているのだ。が、しかしBメロではどこかまだ迷うあたしの姿が見られる。「君を好きじゃなくなったって 息巻くくらいに言えばいいじゃない/上手な別れ方だなんて そんな言葉あたしにはいらない」と、別れ方にも悩まされている。「息巻くくらい」とあるように、やや苛烈ではあるが怒鳴り散らす幕引きもアリだ。お互いが傷を残し合うようなビリビリでバリバリな別れ方も道としては間違っていない。「いいじゃない」「上手な別れ方なんていらない」とあたしはあたしに提案していくが、あたしが迷う理由は何なのだろう。
 答えは既に見えている。「明るい空に通り雨」はまだ降り続いている。傘もささずに佇むあたしが「瞬きさえ出来」ずに見ているものは、「あなたの笑顔」だ。
 あまりにも残酷過ぎないだろうか? 一番で「さよならの理由」だった位置に二番で置かれたものが「あなたの笑顔」なのだ。これこそまさに、真に「さよならの理由」と対になるもので、あたしが「さよなら出来ない理由」なのである。
 しかも続くのが「あたしを追い込んだ無防備な 最期に落ちて来る太陽のよう」という際どいフレーズだ。この「無防備な」は一番同様あたしにかかるのが正解だろうが、一番と逆で「太陽」にかかるものと見ても面白い。無防備は言うなれば無邪気で、もっと言えば純粋ということなのだから、太陽と比喩される「あなたの笑顔」がどれだけ無垢で清らかなるものだったか、推し量るに容易い。だがそんな太陽が落ちて来るのだ。それも「最期」という表記はわざとやったのかそれとも誤変換なのか、縁起のよろしくない言葉であり尚更悲愴感と事態の重要性が強まってくる。太陽が落ちて来るなぞそれこそどんな人にとっても最期であるし、世界を闇に落とす、すなわち世界の終焉だ。Aメロでも判明したとおり、あたしの世界はあなたを中心に回っているのだ。そのあなたがいなくなるにしろ、自分から別れを告げるにしろ、それはどっちみち世界の終わりだ。世界存亡の危機があたしに迫っていて、けれどももう終わりが見えてしまっている。
 ならぐずぐずしないで、終わってしまうものならばさっさと終わらせてしまえばいい。と我々が思う気持ちは二番Bメロの「言えばいいじゃない」と全く同じものなのだろう。さよならの理由も並べられるくらいあるし、どうせ赤い靴も履きこなせないのだ。でもあたしには決断が出来ない。
 何故か? 笑顔があるからだ。もっと単純に言えば「あなたが好き」だからだ。難しい理屈も高尚な気持ちもいらない。どんな恋愛においても理由などそれだけで十分なのである。aikoもaikoを愛する私達も、それをよくわかっている。だからこそ、好き故にこそ、時として事態は残酷になるのである。



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