■刻みつけたい忘れない
 そんな気持ちを頭において、早速「ボーイフレンド」を読んでいこうと思う。
「早く逢って言いたい」と、初っ端から「逢いたくて仕方がない」と言う想いが飛び出している。前のめりにあなたに向かっていくあたしの姿が浮かんでくるフレーズだ。
 続く「あなたとの色んな事/刻みつけたい位 忘れたくないんだと」があなたに言いたいことだが、この「刻みつけたい」のような、体や物理にものを言わすフィジカルな表現(他で言えば「愛の世界」「こんぺいとう」など)は実にaikoらしく思う。そうやって、体かどこかに刻みつけてしまいたいくらい、歌詞としても二人の関係としても始まったばかりの段階で「忘れたくない」と思うくらい、あなたのことをとんでもなく大事に思っているのだ。最初からクライマックスとはこのことかと言わんばかりに、いきなりめちゃくちゃ強い想いの表明である。「ボーイフレンド」で本当に大丈夫ですかこの曲のタイトル。
 この「忘れたくない」にちょっとだけ注目かつ意地悪な視点で見ると、これはこれで最初から「あなたを忘れる」と言ういつかの「終わり」を意識しているんじゃないか、とも取れる。が、あたしはあくまで「忘れたくない」のだ。最初からむしろ終わりなど一切拒絶しているのだ。全て覚えて抱えて、このままどこまでも突っ走りたい気持ちであろう。


■全ての始まりの曲 あたしの終わりの曲
 続いて「早く逢って抱きたい 全ての始まりがあなたとで/本当に良かったと心から思ってる」も強くまっすぐな愛が溢れている箇所だが、「全ての始まりがあなたとで」でふと思い出したのが「ずっと」のあのフレーズだった。そう、「あなたに出逢えた事があたしの終わり」と言う、かの衝撃的なフレーズである。
「ずっと」は以前読んだが、純粋な「好き」の気持ちをとにかく極限まで絞り上げていった作品であり、触れれば怪我しかねない、取り扱いを注意しなければいけないくらいの、深く重く強い想いが集中した曲だった。「終わり」と言ってしまえるくらいの「好き」が「ずっと」にはある。
 対してこの「ボーイフレンド」はまだそこまで全く至れていない。もはや別次元と言うか別世界の話ですらある。aikoが話していたように恋愛の始まり、どころかまだ本格的に始まっていない、初期も初期だ。「全ての始まり」と言うフレーズが示す通りである。
 しかしこれは単なる対比の話であって、よしあしの問題を言いたいのではない。単に読んでいて、この「ボーイフレンド」から11年後に発表される「ずっと」を思い出した、ただそれだけである。言葉に込められている意味や使い方もそれぞれ違う。「ずっと」の「終わり」は、響き自体は重たいし、一聴するとぎょっとしないでもないが、相手と最後まで添い遂げるという覚悟と揺るぎない想いを感じられる。「ボーイフレンド」の「始まり」はaikoが言っていたようにこれからのことにワクワクして、夢がどんどん膨らんでいくような、未来を開いていく明るさを感じさせる。
 敢えて言うならどちらが曲に相応しいかと言う話だ。「ボーイフレンド」は「始まり」の、明るくて未来のある方を取ったし、単純にそちらの方がいいと思う。これで「終わり」はさすがにちぐはぐであろうし、当時25歳だったaikoに「終わり」の言葉は導き出せなかったのではないだろうか。……などと言うとさすがにaikoを見くびり過ぎているか。


■あたしの始まり
 少しより道してしまったが、改めて読んでみよう。「全ての始まりがあなたとで/本当に良かったと心から思ってる」は、「かばん」の「あたしあなたと知り合うまで何をして生きてきたんだろうか」に通じるものがあるように思う。人を本気で好きになったり、何かの趣味やコンテンツに夢中になったりすると、それまでの過去がやけに遠く感じられる。冒頭で述べた、aikoファンになる以前の私の記憶と同様だ。
 それはある意味生まれ変わりのようなもので、あなたに出逢い、恋が始まってから初めて、あたしにとって生きていくことが意味のあるものと思えるようになったのかも知れない。そうなってしまえば本当にあなたの存在は「始まり」そのものだ。「ずっと」の「終わり」同様に、なかなか重たい言葉である。
 こうして一つ一つ歌詞を読んでいくと、明るい曲調でさらっと誤魔化している(いや言い方)ようだが、なかなかどうして重ためなことを、しかしaikoはそんなことも感じさせず明るくポップに楽しそうに歌っている。意外と重いが、ネガティブではない。ポジティブ100%がAメロから全開になっていることがわかるだろう。


■恋の始まりハッピー世界
 続いてBメロに入ろう。ここの「小さな部屋に迷い込んだ」と言う、ちょっとしたトリップの表現は、始まった恋に浮かれ出して、それ以外考えられなくなる女子の陶酔した表現として本当に秀逸だなあと聴くたびに思っている。「カブトムシ」のような、儚くて美しく幻想的な印象とはガラリと変わり、ポップでキャッチーできっとカラフルでもあり、まるでおもちゃ箱のような世界なのだろうと想像している。

「唇かんで指で触ってあなたとのキス確かめてたら」と、おそらく一人になったあと、あなたと交わしたキスの感触を確かめんとするあたしの姿が浮かんでくる。
 いや、いやボーイ「フレンド」なのにキスはする仲なんじゃん君達……と思ってしまい、既に何度か漏れ出しているが「キスするんならそれはボーイフレンドじゃなく恋人! 明らかに! もう明確に恋人で決まり!」(こう書くと「恋人」と言う曲もある所為で頭がパニくる)と心の中で暴れ出してしまうのだが、そんな茶番は置いといて、Aメロの「刻みつけたいくらい」のように、「キス」と言う具体的かつ少し生々しい行為が出てきてしまうのもまた、aiko特有のフィジカル、と言うか物理に訴える手法なのだろう。これはあたしの妄想話ではなく、あたしとあなたの間で現実に起こった話なのだ。あなたとあたしの唇同士が、重なったことが現実に起きたのだと。

 多分あたしの方も「キスしたんだぁ~……」と、夢かうつつと言った様子で思っているところなのではないだろうか。何せ「確かめて」るくらいなのだ。それが本当だと認めた瞬間に起こるのが次のフレーズだ。「雨が止んで星がこぼれて小さな部屋に迷い込んだ」──まるでアリスが不思議の国への穴に落ちていったように、彼女は「小さな部屋」と言う「別世界」へ、自分でも気付かないくらいにトリップしていく。
 それまで「キス」と言う、肉体的な接触、生々しく、現実と接続している現象を確かめておきながら、幸福に満ちた精神世界へ意識が持っていかれるのである。ここの対比も鮮やかでさすがaikoである。どこかぽやぽやした「キスしたんだぁ~」と言う認識から、一気に「キスしたんだ~!」「自分達は結ばれているんだ! ラブラブなんだ!」と勢いが変貌していったのではないだろうか(私的にはこんな猛烈な勢いより、もうちょっと可愛らしい、どちらかと言えばメルヘンな印象を感じているのだが……汗)
「小さな部屋」はその成功している恋──まだお互いの悪いところが見えておらず、ただ幸せなだけの恋にひたすら浸って浮かれ切っているあたしの、幸せだけが溢れる空間なのだろう。スルーしたが、「雨が止んで星がこぼれて」と言う表現もとてもいい。「雨が止んで」はあたしにとっての暗い時代や、嫌なことが終わった暗示だし、「星がこぼれて」は言わずもがなあなたとの出逢い、そして恋の成就だろう。「迷い込んだ」はあくまで表現だと思うのだが、恋愛の苦悩や片想いのすれ違いをよく恋の迷宮などと言ったりするが、ここ、と言うか「ボーイフレンド」そのものがそんな恋のお悩みとは全くの無関係であって、幸せや嬉しいの気持ちだけが溢れている空間に自分でも気付かないうちに入り込んでいたのを示してのことだろう。

 相手のいいところ、悪いところ、性格や生活の様子もまだ知らない。純粋に「あなたが好き」「幸せ」「付き合えて嬉しい」──そんな気持ちしかない場所だ。「小さな部屋」は、生まれたばかりの恋愛を護り慈しむ、一つのゆりかごのようなものなのだろう。


■幸せの果ての永遠へ
 そしてサビに向かう。「テトラポット」から始まったこの曲なのだから、きっとaikoが最初に思いついたであろう光景が描かれているはずだ。
「テトラポット登っててっぺん先睨んで宇宙に靴飛ばそう」と、幸せ絶好調で仲の良い二人が海に来て、テトラポットに仲良く登る姿が目に浮かぶ。「宇宙に靴飛ばそう」は動きのある歌詞で、絵も浮かぶし聴いていて楽しくなるフレーズだなと素直に思う。続く「あなたがあたしの頬に頬ずりすると」もまたBメロのキス同様、愛情豊かな肉体的表現かつAメロから連続している物理的な接触表現であり、これだけで十分いちゃいちゃしてくるのが伝わってくるだろう。
 そうした愛情表現の極みで「二人の時間は止まる」と出るのもすごい。サビで特に注目すべきフレーズだと思っているのだが、「時間が止まる」を「ずっとこのまま(二人ラブラブ)が続いている状態」と仮定するなら、それはもはや、aikoを含めた我々が求めてやまない「永遠」でなかろうか。それを自分達が得ているのだと言えるくらい、「ボーイフレンド」は幸せの極地過ぎるのだ。莫大過ぎる。
 それで締めが「好きよボーイフレンド」なのである。はあ~~!? イチャイチャしやがって! 幸せにな! とさすがに文体を投げ捨ててつい書き殴ってしまいたくなる(書いてる)とてもではないが二十年後「ハニーメモリー」を歌っている人と同一人物とは思えないくらいである。「ボーイフレンド」から「ハニーメモリー」なんて温度差で風邪引くどころか凍るまであるのではないだろうか。二十年と言う時の重みも当然あるが、aikoの引き出しの奥深さよ、と唸りたくなる。



back          next

歌詞研究トップへモドル