■沢山の恋と両手の悲しみと
 サビ同様、二番Aメロにも大変感銘を受けた。むしろサビは後になって感動が押し寄せて、最初に聴いた時により衝撃的だったのはこの二番Aメロのフレーズだったと思う。恋愛の歌を歌い続けるaikoだからこそ歌える歌詞で、なおかつ恋愛──と言うか恋愛至上主義のような世の中へのアンチテーゼのようなものまで感じられる。
 二番ではあたしがこれまでの恋愛を振り返る。「愛する事も抱きしめる事も本当不器用で/ずっと傷ついて 失って ここまでやってきたのね」と、結果として湿った心になってしまった傷と喪失、過去の恋愛達に想いを馳せる。あたしは「ずっと傷ついて 失って」と歌える程には恋愛経験が多かったのだろうか。きっと多かったとこの稿では仮定したい。次のフレーズでもこう書かれているのだから。「両手にあまる程たくさんの恋をしたってそれは/決して誇れる事じゃなくて悲しんでゆく事なのね」と。
 このフレーズに救われた人は多いのではないだろうか。ドラマでも漫画でも音楽でも何でも、恋愛がモチーフとして持て囃される。恋愛があればそこに物語が出来てしまうからだろうけれど、恋愛をしている、それが人間として当然のことだと現実世界でも誤認されているような気がする。誰かに恋をしている、好きな人がいて、彼氏彼女が、伴侶がいて当然……そんな一方的な価値観を押し付けられる世間は窮屈だ。どれくらいの人と付き合ったかとか、どれくらい告白したかだとか、回数を競うようになってきては尚更だ。けれど私がこの曲を初めて聴いた当時から既に世界はそんな風潮だった。特に思春期の頃だと周りは余計にそんな傾向があるだろう。
 ところが恋愛の歌を歌わせては右に出る者はいないaikoが、自身の活動の初期にこう表明しているのである。少女の私にとって「そうなんだ……そっか、そうかも」と闇や霧が開けた画期的なフレーズであった。好きな人がいなくても、彼氏彼女がいなくても、恋愛経験が少なくても、それが悪いことではないのだと、あたしのストーリーとはまた別口でこのフレーズは伝えてくる。
 あたしの方は、と言うと、これまでの恋愛を振り返って、恋愛経験の豊富さが必ずしもいいと言うことではないと気付く。それどころか「悲しんでゆく事」であると気付かされていた。しかし、悲しいだけなのだろうか、両手に余るほどの恋は悲しみに変わっただけなのだろうか、とも思う。悲しみに暮れた先、傷つき過ぎた果てだったからこそサビで表されていたことにあたしはやっと辿り着けたのではないだろうか。
 二番サビはほぼ一番のリフレインとなっている。このフレーズをどう言い変えようともこれ以上のものは無いだろうからリフレインになってしまうのもわかる気がする。そしてこの言葉は押す、と言うよりは引く、の印象があって、Aメロのことも考えるとひょっとするとこれまでのあたしは「押す」一辺倒だったのかも知れない。
 それと、何となくではあるが、二番での「見えない気持ちを信じて言える」の「見えない気持ち」は、今度は自分側の気持ちだけではなく、あなた側にある自分への愛や信頼──あたしからは見えなくて、まさに信じるしか存在のすべがないもの──であるように思えてくるし、私はそう言う風に読みたい。そして「雨が降ったらはぐれないように指の間握ろう」と締めて二番は終わる。これまで何かアクシデントがある度にあたしと相手ははぐれっぱなしだったのかも知れないし、そもそも手を繋いでいたのかどうかすら怪しい。握ろう、と提案出来るのは自分側にある想いと相手側にある想いが確かに信じられているからで、幸せで穏やかな恋愛に辿り着くことが出来てあたしのこれまでを思うと涙を禁じ得ない。

■牽引するあたし
 大サビに通じるCメロでも、あたし自身の穏やかながらも揺るぎない、恋愛において重要なエネルギーとなる、いい意味での自分本位な強さを感じることが出来る。「たとえ夜明けがない雲も切れない/そんな空の下でも/手を引くあたしに笑ってついてきてくれるそれが2人の形」と、いかなる困難や試練で行く手の視界が遮られても、あなたに引っ張られるのではない。引っ張って欲しいのでもない。引っ張っていくのはあたしの方なのだ。思えば冒頭で「少し暖めてください」とどこか怯えるように謙虚だったあたしだが、曲の中で随分と変わってきている。見つけられなかった「見つかる物」──例えば元気だとかやる気だとかがやっと彼女に生まれてきたのだなと思うとやはり、ああよかったな、とじんわり思ってしまうのだ。
 続く大サビで、一番のリフレインにCメロのフレーズを合わせる形で曲は締めくくられる。曲中で三度繰り返されるフレーズを眺めていると本当に、あたしがここまで辿り着けたことが何よりも尊いと感じる。最後は明確な強さと共に夏と言う具体的な未来を見据えているし、こう在りたい理想としての二人の形をきっとあたしは冗談でもなく、照れ隠しで誤魔化すこともなく信じて歌い切っている。いいハッピーエンドだし、この二人の形が永遠に崩れることがないよう祈るばかりである。いや、きっと崩れることは無いのだ。私もまた見えない気持ちを信じて書き残そう。



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