■悲しみさえもしるしにかえて
 二番Aメロ前半、四季の移り変わりの描写も独特で好きな箇所だ。「鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏/袖を風が過ぎるは秋中 そう 気が付けば真横を通る冬」と、一番で「想像つかないくらい」と歌われた時の流れを二番でも表現しているのだと思う。「真横を通る冬」で終わるのも一番の「年老いて」と関連させているのだろう。また、鼻先をくすぐる、は花粉症を患っていたaikoらしい表現だ。
 そう言う抗えない時の流れに対し、あたしは何を思うのだろう。少なくとも、一番Aメロの時点よりは怯えていないように思う。一番サビを経て、あたしは少し強く──本当の意味で強くなった。「強い悲しいこと全部 心に残ってしまうとしたら/それもあなたと過ごしたしるし そう 幸せに思えるだろう」と、改めて一番A後半と比較してみると、随分その変化に驚いてしまう。
「想像つかないくらい」「今が何より大切」と、今だけに焦点を絞っていたのは、今と言う瞬間の重要性を除外して考えるのならば、ある意味では未来を拒む弱さそのものであった。ところが二番A後半ではいつか訪れる「あなたのいない未来」「あなたと道を分かった未来」を仮定して、さらには「楽しいこと」「嬉しいこと」とは書かず(含んですらいない)「強い悲しいこと全部」が心に残ると仮定している。 それを「それもあなたと過ごしたしるし そう 幸せに思えるだろう」と思うのだ。悲しいことも全て、あなたとの思い出の証であり、一つも捨てることはないし、忘れることも無い。思い出したくもないはずのそれらも受け入れて「幸せに思えるだろう」と言える程になった。「弱い」と歌っていたあたしだったが、この部分に関してはとても強い──と言うか強くなった、おそらくはあなたとの日々の中で強く変わっていった彼女が伺える。

■白馬の王子の肖像画
 二番Bメロのフレーズを読むと、一番Bと対になっているように読めるのは意図的なのだろうか、とふと思う。「息を止めて見つめる先には長いまつげが揺れてる」では最後「まつげが揺れて」いるが一番では「白馬のたてがみが揺れ」ていた。メリーゴーラウンドがゆっくりゆっくり止まっていく様子もきっと「息を止めて見つめ」ていただろう。
 カメラはあなたの美しい、揺れる長い睫毛にズームしていく。息を飲んで、止めて、あたしはあなたの微細なところに眠る美しさにも酔いしれていく。このフレーズを読み、繊細な描写を見て私は「何だか時間が止まっているようだなあ……美しい」と深く感動の息をついてしまったくらいなのだが、まさにこのフレーズはそのまま時間が止まっている静止画、絵画となり得る箇所なのだろう。一番で白馬のたてがみが捉えられていたが、白馬につきものなのは王子様である。さしずめここは、あなたと言う王子の肖像画と言うことだろうか。

■琥珀の月夜に誓うこと
 そんな視覚的描写から、二番サビにして曲を締めくくるサビの出だしでは「少しくせのあるあなたの声 耳を傾け」と、聴覚の描写へとスライドする。一番ではあなたの耳、二番ではあたしの耳になっているところも細かい。「深いやすらぎ酔いしれるあたしはかぶとむし」と、あたしを止まらせる樹木たる彼の安定感に心から身を委ねている描写には、弱い姿も、怯える姿も想像するのが躊躇われる程こちらも暖かい、それでいて切ない気持ちになる。
 次に登場する「琥珀の弓張月」──弓張月は秋の季語で、リリースも秋だった為、カブトムシが秋の曲となる証左であるが、ここに関しては個人的なエピソードがある。高校一年生の頃、懇意にしていた国語の先生にaikoの話をしていて、どういう流れだったかカブトムシの話になったのだが、この二番の「琥珀の弓張月」に「aikoさんは何か文学をやっていらっしゃったの?」と訊かれたのである。先生が思わずそう訊いてしまうほど、ここの「琥珀の弓張月」は描写として特別に優れているのだなあ……とちょっと鼻が高くなって、気分が良くなってしまったのを覚えている。(自分のことじゃねーだろと言われそうだが、誰でも推しを褒められれば嬉しいだろう)
 話を戻して一番では「流れ星」二番では「弓張月」と、二人が寄り添っている夜空が一番二番共に美しい対比を成しているのが、カブトムシの芸術的センスが素晴らしいと特に言えるポイントだと思う。そう、サビがどちらも夜が舞台となっているところも何とも言えずロマンティックだ。「琥珀の弓張月 息切れすら覚える鼓動」から一番と同じだが、最後の繰り返しでロングトーンからの沈黙、そして一瞬のブレスを置いての「生涯忘れることはないでしょう/生涯忘れることはないでしょう」で終幕となる。悲しみが心に残るしるしとなり、苦しくも嬉しい胸の痛みも、息切れしてしまう程の愛や切なさに胸を打つ鼓動も、生涯忘れることはない。かつて「弱い」と自分を評したあたしは、誰の目から見ても強い、揺るぎないその意志を歌いあげるのだ。

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