■夏服を読む
「夏服」の歌詞を読んで、読解を交えていろいろ考えていこうと思う。二十分ほどで生まれたこの曲には、ただでさえも瞬間的に感情を込め、それを曲に仕上げることに優れているaikoなのに、より一層濃縮されたものが潜んでいると考えられる。隠し曲ゆえ一番と大サビのみの短い曲であるが、侮れない。

 aikoお得意のブレスからこの曲は始まる。「もっと緩やかに季節が過ぎていってるのかと思ってた/思った以上に静かにこんなに早く夏がくる」――落ち着いた、というよりどこか寂しげに奏でられるピアノとaikoの歌声は歌詞そのままの静けさを表現している。「静かに」。aikoも好きな騒がしい、活力に満ちた季節なのに、その始まりはそう歌われる。開始時点から、夏はそのイメージに少し反するような描写がなされる。
 静かに、そしてあっと言う間に。もっとゆっくり季節は流れていると思いきや、意識していない間に夏が訪れていた。こんなに早く、ということはやや唐突である印象もある。この「こんなに早く」にさえ、既に「あたし」と世界とのズレが伺える気がしてならない。「あたし」がいかに「立ったまま」であるのか。もしかしたらこの歌詞の時点より前、「あなた」とのズレに気付いた時から、「あたし」の世界は既に止まっていたのかもわからない。
 続いてのフレーズに、あたしが立ち止まったままの要因が記されている。「思いやった嘘をつけるあなたに/心の底からあたし臆病になってしまってた」であるが、aikoの思いついた、「夏服を着始めることで相手の知らない面を見てしまった」ことから生じる切なさ、それを素材にしたaikoの想像力が存分に振るわれているフレーズなのだろうと思う。「思いやった嘘」というのが少し引っかかるが、私がずっと想像していたことを解釈として当てるならば、例えば、「付き合っているのに、人には付き合ってないと言う」こととか、ともかく何らかの事情であたしとあなたの関係を誤魔化す、感情に嘘をつくことなのかも知れないな、と言うことである。ただそれは「思いやった」であるので、故意ではなく、むしろ「あたし」のことを慮っての嘘なのだと思う。でも、それでもあたしの潔癖な心はそれを許すことは出来なかった。むしろそう出来るあなたに対して「臆病」にならざるを得なかったのだ。

 Bメロは大サビの前でも繰り返されるフレーズだ。この辺、少し引っかかるものがある。上手く解釈出来ない。「忘れてく思い出は計り知れない/愛してた想いはあなたよりも深い」であるが、思い出を忘れていく方は相手のことなのか、自分のことなのか判断がつかない。「愛してた想いは」のフレーズは、aikoがよく言う「aikoの方が好きやで!」が表れているものでもあると思うが、愛情の量、愛の深さ、想いのひたむきさ。それらが自分の方が相手より大きいとあたしが判断している――いやむしろしてしまった以上、「あたし」と「あなた」の恋愛における意識の相違は明白になってしまったように見える。その差異を気にしないなら関係は続けられただろうが、「あたし」は前述した臆病さに加えて、それが加わった故に一歩も動けなくなってしまったように思えるのだ。

 そしてサビだ。「お願いあたしより先にその夏服を着ないで」こう歌われているから、まだ完全に夏は訪れてはいない。辛うじて、あなたもあたしも同じ世界にいるのであるが、「冬の切なさ引きずったまま/あたしはそっちに行けない」のだ。「冬の切なさ」はそのまま、「あたしはここに立ったまま」と併せて夏へと行けないことを示しているが、「冬」とわざわざ付けている。私はここで凍てついているものを感じた。「あたし」は凍り付いている、故に動けないと言っても言い過ぎとは思わない。
 そしてサビは「あたしはここに立ったまま」と締めくくられる。「おいてけぼりを食らったよう」とaikoは言っていたが、まさしくその様子である。あたしだけが冬の世界から移動出来ないでいるのはまさに孤独そのものである。
 ふと思うことは、恋愛、と言っても、二人で互いにはぐくみ合い、想い合うことであっても、あくまであたし自身は一人である。相手だってそうだが、こうやってあたしが一旦孤独に堕ちた以上は、なかなか救い出せない。これが二人の問題だと思えれば解決の糸口はあるだろうけど、一人の問題なのだ。aikoはライナーノーツで「恋愛でもそういう孤独感みたいなのを表現したくて」と述べていた。
 この孤独感をaikoはスルーすることはしなかった。悪いものとして隠すこともなかった。むしろ表現したい、と言う以上は、形に残すことをした以上は、aiko自身がそういった寂しさや切なさを忘れたくなかったからだろう。恋愛における大事なこと、その一つがそこにあると考えて、誰かに伝えたくてこういった歌詞を書くのだと思う。この曲が短い時間で出来上がったことを踏まえれば、それはまるで神の意志を伝える預言者や啓示を受ける巫女のように、この曲を生み出したaikoはほとんど神がかった何かにさえ思えてくるのだ。

 少し気持ちが先走ってしまったが、残る二つの段落も読んでいきたい。再び「忘れてく思い出は」のフレーズである。もしかしたら、この「忘れていく」主語は相手ではなく、「あたし」自身なのかも知れない。「愛してた想いはあなたよりも深い」のに……と言うことかも知れない。あたしが夏に行くことが出来ず夏以前の世界に止まっているのに忘れていってしまう、と考えると実に皮肉がきいている切なさが感じられて良い。が、しかしやはり、冬から夏へ、夏からまた先の季節へと移行を繰り返していくあなたの方が、思い出を忘れていくのは合理的だと思う。相手と思い出を共有出来なくなれば、そこにもそれこそ夏服を着てしまっているのを見た時同様の切なさが、やはり生まれてしまう。どんどんあたしは、孤独に追いやられていく。しかもその回数は計り知れないのだ。新しく出来る思い出の喜びよりも、この曲ではあくまで瞬間的に生まれたであろう切なさがあたしを阻むのだ。
 そしてサビもまた同様のフレーズを繰り返す。夏服を着れば、あなたはあたしに「知らないところ」をこれからも見せていくのだろう。そこに楽しみを見つけるのが恋愛であれ友情であれ、人との交流の大事なポイントなのだと思うが、この曲ではそんなポジティブ思考が一切姿を現さない。あたしは切なさを抱えたままそっちに行けず、「立ったまま」であるのだ。
 そしてその状態でこの曲は終わり、アルバムも終わる。リスナーに寂しさと切なさ、孤独をひっそりと与えて終わってしまう。それはまるで、そのまま夏服というアルバムの「影」のようになっていく。そして立ったままのあたしは、今もaikoの中にいるのかも知れない。いるからこそ、aikoは曲が作れているのかも知れない。

■夏服の切なさ
 タイトルも、アルバム自体も「夏服」である。何度も書いているように夏はエネルギーに満ちた季節であるが、これも先述したようにその「夏」を冠されているにも関わらず、一貫して切ない。そこに生命の躍動感はなく、それこそ歌詞の通り、もしくはaikoの言葉の通り「置いてけぼりにされたような」寂しさが最初から最後まで満たされている。これから夏に向かう、発売時期を考えても夏が始まることは明確なのにだ。
 ここまでくると、夏を象徴するこのアルバムの最後に現れるこの曲そのものが、何かしらのメタファーになっていることも同時に明確ではないだろうか。そもそもアルバムタイトル曲であることからも、それは明らかではなかろうか。いやむしろ隠されていたからこそ、アルバムと、そしてaiko自身の本質なるものがこの曲には存在しているように思われるのだがどうだろう。本質とは表に現れるものばかりではない。むしろ本質ゆえに秘されている、隠されているものだとするならば、この「夏服」はやはり侮れないと感じる。
 考えてみれば、アルバムの収録作業の途中に生まれた一曲であるのだ。aikoが全身全霊でアルバム「夏服」に取り組んでいる中で閃き、生み出されたのであれば、「夏服」は収録曲のどれもが敵わない、アルバムの血を最も濃く受け継いでいる作品とも言えるかも知れない。
 そこで改めて振り返って見ると、「飛行機」も「いかないで」の点で「夏服」と同じような“立ち止まった者”と言えるだろうし、「心日和」もきっと晴れているだろう「そっち」と雨が少し降ったあたしのいる場所との距離と言う「隔絶」言うなれば「孤独」を表しているように思えてくる。「雨踏むオーバーオール」もあなたに対する自分の気持ちに少しずつ違和感を抱き始めているようだし、「September」も終わってしまった関係を振り返っている。ポジティブな曲と言えるのはひょっとするとライブの定番「be master of life」と「終わらない日々」くらいしかないのではなかろうか。「夏服」は「夏服」の各オリジナル曲が要所要所に込めた切なさの集大成、その極地として存在しているのだ。
 ところで先ほど挙げた「Sptember」もこのアルバムには欠かせない一曲であり、aikoからのあるメッセージが込められている曲であることも明言されている。詳しい曲の制作背景等は割愛するが、「いつも元気だなんて決して思ったりしないでね」のフレーズこそが、aikoが伝えたいことだったのだという。aikobonライナーノーツでも触れられているが、やはりaikoも「悩みなんてなさそう」と言うパブリックイメージに悩んでいたのだと言う。このフレーズを出せたことでaikoは楽になり、さらには「このフレーズが出たことで、この曲がアルバムに入っていることでaikoの中では「夏服」は完成した」とさえ言っている。と言うことは、翻って言えば、「いつも元気だなんて決して思ったりしないでね」が「夏服」同様、アルバム「夏服」の本質を担うものである可能性もあるのでは? と言うことではないだろうか。


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