■遠くにいたあなたの
 二番Aメロの歌詞はaikoの曲名が三つも連続して出てくるので思わずファン心をくすぐられてしまうゾーンである。「二人だけで決めた約束に永遠の秘密を交わした/あの日から繰り返し必ず 窓の外にはもう朝が来ている」だが、「二人」「約束」「秘密」と(偶然にも三曲ともアルバム「秘密」収録曲である)曲名が三連しているこの箇所は一方でリスナーの想像力もとい妄想力が試されるような気がする。二人が交わした約束とは? そこに交わされた秘密とは? いや単に約束を交わすって文章に永遠の秘密が無理やり割り込んで謎めいた感じになってる、aiko特有の謎文章じゃないのこれ? と頭にはいろんな思いや呟きが交差する。
 永遠の秘密とは何だろう。秘密を交わすとは何だろう。普通「交わす」は秘密を目的語には持ってこないのでaiko独特の用例なのだが、約束を交わすと同時に「互いに秘密を持ちあった」と言うような解釈が一番適当だろうか(交わすのだから双方にあるべきなので)
 互いが決めた約束に、あなたにもあたしにもある秘密を紐付けた。その時のことを印象深げに続くフレーズで「あの日」と表現するのだから、約束はおそらく二人の決別の時に決められたものだと思う。その約束の内容も秘密同様、リスナー各自で自由に考えていい余白部分だ。この稿ではどう考えていこうか。
「繰り返し必ず 窓の外はもう朝が来ている」と続く内容を踏まえるならば、自分達は別れてしまうけれど、いつまでも凹んでおらず、ちゃんと前を向いて生きていこうと言うポジティブな約束をし、その裏で、あくまであたし側の秘密だが、あなたには言わないけれど、別れてもなお、あたしはずっとあなたを想っていこう。そんな決意を秘密と称して結んでいたのかも知れない。
 あなた側は、決めた約束の裏で何を思い描いていたかどうにもわからないけれど、彼は彼であたし側の秘密を読み取っていたかも知れない。そしてそれを拒否しなかった。ひょっとするとこの二人は好き嫌い、愛してる愛してない、一緒にいたい一緒にいたくない、そんな簡単な次元で語れる二人ではもうなくなっているのかも知れない。そんな価値判断では測れないくらいの遠いところで、二人の恋愛と言う形は穏やかに息を引き取った。曲全体の達観した雰囲気からも何だかそんなことを思わせる。
 その時あたしはまだまだ少女だった。けれどあなたの方がずっとずっと遠くにいた。あなたが何を考えていたか、あたしのことをどう想っていたか。それこそ「永遠の秘密」としてあたしが受け取ったものなのかも知れない。

■夢追う人
 あたしとあなたのすれ違いが何に起因しているかを二番Bを読みつつ考えていきたい。aikoの恋愛における基本要素として尊敬があるが、「空の色に負けぬようにとあなたが描く夢が好きだった」にはその要素が表現されているように思う。
 夢。あなたは何かしらの夢を追う人だった可能性がある。大望に情熱を注ぐあなたの姿にあたしは恋をしたのだ。自分も見習いたい、素敵だな。そう尊敬の念を抱いた。ただ年若かった為か、その気持ちは少女の頃だったあたしの性急な気持ちを宥めることが出来なかったし、相手を思いやるだけの余裕も十分に与えられなかった。あなたは夢を追い、夢を見て、けれどもあたしはあなたの夢よりもあなただけを見た。純粋に恋愛として見ればあたしが正しかったのかも知れないが、二人の道は別れに繋がっていた。
 その遠因にもなったかも知れないことは続くフレーズで垣間見える。「ため息は音になり耳に心に刺さる 今でも昨日の事のよう」とあるが、ここに現れる「ため息」はあたしに失望したとか、あたしの存在が重くてしんどくなってしまった、という見方も出来るだろうけれど、夢追う人だったと言う読みを踏まえて、私としてはこう読み解いてみたい。
 背負った夢が大きすぎて重過ぎて、時として夢に繋がる何かを諦めざるを得なかったあなたの姿が、過去のどこかにいたのではないだろうか。自分に限界を感じて諦めてしまったとか、自分を信じ切れなくて、勇気が出せずに一歩を踏み出せなかった。その時零れた溜息が──雄大な空に負けない途方もない夢を語る、あたしが愛するあなたの姿から遠くあるその落ち込んだ姿が、あたしの心に深い影を落としていったのだ。
 その時は気付けなかった。けれど大人になったあたしの中でまだ、影として存在している。「昨日の事のよう」と歌われるくらいには、思い出した時すぐ背後に迫っている。当時のあたしはまだ少女で、いっぱいいっぱいで、影には気付けなかったかも知れない。けれどあなたの溜息は時間差で大人になっていくあたしに真実を教えてくる。一番で歌われた、あの時のあたしが気付けなかった「こぼれそうな涙の奥の潜む意味」とは、彼が夢や目標を諦めていく無念や後悔や自身への憤りと言ったものなのかも知れない。
 あたしはあなたがいればそれでよかった。けれどあなたはそうではなかった。あなたはあたしより、夢を追いたかった。何度絶望の前に涙しても、涙を堪えても、溜息をつこうとも。そしてあなたはあたしをおいて、やがて独りで旅立っていく。二人は恋愛で疲弊して互いに別れへの切符を切ったのではなく、あなた側が夢へのチケットを持ってあたしから離れて行った。そんな風にも思う。

■明日へ誘う風
 あなたは独りで旅立ち、あたしは大人に変わっていく。そして世界を包む空の色もまた変わる。二番サビはそんなBメロの内容も受けて綴られているような気がする。
「瞳は雨/上がれば笑顔に会える知らせ」と、あたしが潜む意味に気付けなかった涙、溜息と共に零れていたかも知れない涙、そしてあたしもかつての四月に流していたであろう涙……それらを全て包み込むように歌う。雨が降っている。でもそれは、その時は悲しいかも知れないけれど、やがては晴れると言うことだ。ずっとは続かない。いつかまた笑える日が来ることをもうあたしは解っている。きっと、今ここにはいないけれど、同じ空の下にいるあなたも解っているだろう。
 そんな風にして世界も事象も時間も、一か所に留まらない。あたしもあなたも今を生き、それは同時に未来を生きることにもなる。季節の中の感傷の一点にふと立ち止まることはあっても、それは時の流れの中のほんの一瞬に過ぎない。世界は待ってはくれない。「風が袖を抜けあたしを明日へ導く」のだ。「あの日から繰り返し必ず 窓の外はもう朝が来ている」のだ。
 四月の雨に触れ、ほんのひと時あなたを想う物憂げなあたしを急かすように、どこか咎めるところすらあるように、風が袖を抜けていく。曲自体「四月」と冠された、限定された舞台であるが──いや。限定された舞台だからこそ明確な次を意識させるのだ。四月の次には五月が迫っている。aikoが想定したように限定はあくまでも今だけ、ここだけの話だが、それは「終わり」が必ず訪れると言うことだ。私達は否応なく、次への季節へ向かわなければならない。たとえ涙していても、たとえ別れが訪れようとも。



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