■解答欄を埋めていく
 aikoの語る「優しさ」を念頭に置いて歌詞を読んでいくことにしよう。まずは一番。あなたからの「電話」がおそらくは事の発端であるのだが、それは回想としてBメロに表れる。Aメロではおそらくはその電話を受け、彼との記憶に想いを馳せる「あたし」が描かれている。
「イヤフォンから 聞こえてきたのは/昔あなたが教えてくれた曲」と、誰しもが経験のあるだろう、ふとした記憶のトリガーが引かれた描写から物語はスタートする。曲に馴染むよう、何気ない風な導入として出だしから非常に完璧である。歌は人生の栞であり、聴くとその当時のことを思い出す──とは声優の仲村宗悟の言であるが、ことに恋愛の思い出が何かしら絡んでいるものは特に切なく懐かしく、私達に記憶を呼び起こすだろう。そしてこの曲の場合、「あなた」からの突然の電話を受けた「あたし」には、遠くなったかつての恋愛を振り返るアルバムのようなものとなっているようだ。
「ひとつひとつ重ねる知らない事の答え合わせ」──その時にはわからなかったこと、知らなかったこと。あるいは、思い至らなかったこと、出来なかったこと。それはあたし自身に対してだろうか、あなたに対してだろうか。何となくだが前者の方であるような気がする。恋愛に限らず人間関係において、関係を断って、月日が経って初めてわかることのなんと多いことだろう。「あたし」もまたこの度初めて、自分が置き去りにしていた、空白のまま出した解答用紙を埋めることが出来たのだろう。
 その答えが次に綴られる。「曇った空も雨の始まりも/何だって良かったのよ あたし」とある。曇った空、雨の始まり。それらは何か二人の状況がよろしくないことの比喩だ。だけどそんな状況でもあたしには大したことない、今のあたしが振り返って思うのは「何だって良かった」のだ。今となっては不安もすれ違いも、些細な問題でしかなかった。
 その理由が後に続く。「あなたの後ろ姿を見ながら歩くのが好きだった」からだ。「あなた」と一緒にいられること、後ろについて歩いていけることの方があたしにとっては重要だったのだ。それにしても「後ろ姿」と言う表現は穏やかで、抑えめな歌唱とよくマッチしている。aikoが我を出さない歌い方をしているのは先述した通りだが、「後ろ姿」からもわかるように「あたし」はあまり我を出さない、主張の弱い人間だったのだろうし、aikoはそれを表現するためにこうした歌い方を選んだのかもしれない。


■変わらない声
 Bメロで事の発端である「電話」のエピソードが綴られる。「久しぶりに電話くれたから 思い出したの色んな事を」とあるが、「あなた」とはどこまでいった関係だったのだろうかと気になるところである。正式に彼氏彼女としてお付き合いしていたとして、そう気安く元カノに電話していいものだろうか。たまに電話をしても差し支えない程度なら精々お友達の関係に留まっていたのではないかと推測する。あたしとしても、「あなたの後ろ姿を見ながら歩くのが好きだった」のだから、それ以上関係を発展させず友達として終わっていても仕方なかったのかも知れない(それが「あたし」の望みであったかどうかはともかくとして)
 二人は電話でどんなことを話したのかは語られない。歌詞が突き付けるのは事実だけだ。「そうやって鼻にかかる笑い声も どうして変わってないの」と。「どうして」と、どこか愕然としている様さえある。愛しく想いながらもどこへも進めないままだったあの時から随分と月日が経っているのに、まるであの時から時が進んでいないように「変わってない」笑い声は、それを聞く「あたし」に重大なエラーやバグを起こしていく。「変わっていない」──時が進んでいないから「あたし」もまたその時の気持ちを、昔に置き去りにしたままの気持ちを引き戻さざるを得なかった。それだけなら、甘酸っぱい青春の記憶を懐かしむだけで終わっていたかも知れない。だがどうやらそれだけには留まっていないらしい。
 サビでは「あなたを想うと苦しくなるよ」と歌われている。「切なく」ではなく「苦しく」なるのだ。それは何故か。「あたしだけがずっと立ち止まったままの様な気がして」しまったからだ。あっちの声は「変わっていない」のに、きっと話す内容はおそらくそうでなかったのだろう。新しい恋の話だろうか、それとも夢の実現に邁進している話だろうか、どちらにせよ「あたし」のいない世界で過ごす充実した日々のことを「あなた」は嬉々として話しているのだろう。「あたし」から離れても「あなた」の世界は滞りなく進んでいる。
 だが「あたし」はどうだろう。話せば話すほど「あなた」と距離が開いていく。「あたし」と同じマスの中に立たせたまま、大事な思い出として物語を閉じていたと言うのに、突然の電話によって止まっていた時計が強制的に動き出し、「あなた」の位置がどんどん遠ざかっていく。それなのに声は変わっていないのだ。
 少しくらい変わっていたら、「あなた」ではあるけれど思い出の中の「あなた」とは違う存在として処理出来ていて、「あたし」も然程苦しんでいなかっただろうに、悲しいかなそうではない。「あなた」との対比で浮かび上がってくるのは、「立ち止まったまま」のあたし──即ち「どこにも進めていないあたし」である。
 月日が経っていると言うのに、そのマスの中から「あたし」だけ進めていない。この「あなた」との差異と断絶はあまりにも十分な虚しさを孕んでいて、「あたし」が切なさを通り越して苦しさに襲われるのも、さすがにむべなるかなと言わざるを得ない。昔と同じような関係を願うにしても「あなた」は「あたし」から遠く離れていて、あわよくばワンチャン……などと、甘いことは全く言えないような雰囲気であるのもまた世知辛いところだ。余談であるが、後年発表される「宇宙で息をして」とは全く違う状況である。あちらは相手に未練がなく、サバサバした気持ちと少し残る切なさを歌っているのだが、「大切な人」はそこまでの心境にまだまだ至れそうにない。
 苦しくはあるのだが、それでも曲調も歌い方もあくまで穏やかであり、優しい。突き付けられた残酷な事実、そこからわき出す虚しさと苦しさを考えると、もっと「ひとりよがり」みたいに暗い曲、あるいは「舌打ち」のような刺々しい音楽性を取ることも可能ではあったのだろうが、これが夕方に生まれた曲だからだろうか、そうはならなかった。
 もしも夜に生まれていたらと思うともっと陰鬱な歌詞になっていたかも知れない。そうだとしたら優しさの入り込む隙間も余裕もなく、聴いていてしんどい曲になっていたことだろう。aikoがアルバムに一つは入れたいと語っていた「ちょっとリセット出来る曲」の性格も持たなかっただろうし、発表ももっと遅くなっていたのではないだろうか。



back        next

歌詞研究トップへモドル