■好きであるからこその不安
去来した切ない気持ちを繊細に、丁寧に綴ったその歌詞を読んでいくこととする。
「ありがとう ありがとう ありがとうって/電話切るときに何度も言うから/もう最後なのかって/どうなのって 大丈夫なのって/おもわず思って不安になるよ」がAメロの全てとなる。あじがとレディオによれば、切るタイミングを、おそらくお互い逃し続け、なんとなく名残惜しくてだらだら喋っていた電話らしい。切れそうで切れない電話と言ったところだ。
この2020年、ウェブを利用した複数人による映像付き通話がトレンドではあるが、電話は声だけで実にアナログなれども、相手と自分だけしか繋がれない特殊なツールであって、ちょっとした密室感もあり実に特別なものである。と言うことは電話曲の研究でも書いたような気がするが、相手との二人きりの時間は実に幸せなものである。
その幸せな時間が、別れのちょっとした挨拶のやりとりで瞬時に不安に塗り替えられる。それも「ありがとう」と言う一見すればポジティブな言葉によって、である。画竜点睛を欠く……は表現として適切ではないが、この忍び寄った不安がその夜の特別な時間を少しだけ欠けたものにしてしまった。
しかしその不安は突然何もないところから現れた、というわけではない。「すごく好きな気持ちがそうさせる」とaikoの言うように、そして私が前の段落で述べたように、好きと言う気持ちがあれば、物体に影があるのと同様、不安もまた同程度存在するのだ。不安は常にそこにある。きっかけがあって「好き」のカードを裏返せば、すぐにその存在は表出する。
相手を疑っているわけではない。「好き」で居続けたいからこそ、このまま関係が続けばいいと思えばこそ、この不安は生まれ続ける。一度それを意識してしまえば、スッと切り替わってしまうことを描くシビアさ、ドライさがaikoならではと思うのだが、どうだろうか。
■たくさんたくさん、話したい
BメロはAメロの余韻をゆっくり引き継いで、体に巻き付けていくように淡々と続く。「あなたのこと 心の音/目を見て全部口にしたいよ」の「心の音」はおそらく主人公(今回「あたし」が登場しないのでこう書く)の、であろう。それをあなたの「目を見て」話したい。本当は電話じゃなくて目の前に、物理的に肉体を以ていて欲しい。直接話したい。それも「全部口にしたい」のだ。aikoの言っていた、「言いたいこととか、話したいこととか、ほんとに沢山ある」が表れている。相手がその場にいるわけではないという、電話の特性もさりげなく表れていて好きなくだりだ。これが電話でなかったら……直接会って話をしていたなら、この気持ちは浮かんでこなかったかも知れない。
しかしそれはあくまで願望であって、実際に出来るわけではない。本当は話したいことや聞きたいことの三分の一も言い出せないまま、電話は終わってしまったかも知れない。電話は楽しかったけれど、なりを潜めていた不安が首をもたげたり、本当に話したいことが言い出せなかったりと、拾い上げれば心を燻ることがあった──。
これは長い目で見れば瞬間的な出来事だ。夜が明ければ、昼間の日常に戻ればきっと砂塵が風に乗って崩されていくように消えてしまう。そんな風にうやむやにしていくのが普通だ。しかしaikoはそれをしなかった。その結果がこの「月が溶ける」なのだろう。
少し長く書きすぎた。そんな、本当は「全部口にしたい」と言う気持ちがあって、けれどもそれに構うわけでもなく、あくまで見ない振りをして、努めてそっと通り過ぎる。だが、それがなくなるわけではない。「思いが心を蝕んでしまう/真夜中の毛布」と描き出されるが、毛布で身を包むように心がその気持ちをゆっくりと食んでいく。
毛布は暖かく、身を守ってくれるし、こちらも委ねたくなる。自分一人の夜、相手にぶつけるわけでも、外に放出するわけでもなく、眠るようにじっとして、主人公はその気持ちと結局向き合うことになるのだ。
■想像の別れ、本当の涙
もう最後なのかも知れないと思った、電話の切り際。話したいこと。聞きたいこと。でも、言い出せない。そんな関係がずっと続く。行きつく想像の果ては「別れ」だった。──それも自分からの別れではなく、相手からの「さよなら」だ。
「さようならあなたに言われたらって/涙で静かに月が溶けた」──空を見上げれば、自分を見守るような静かな月が佇んでいる。けれどその月は溶けていた。このくだり、「涙で」と最初から表現しているが、「涙で」を出さない方がより文学的だっただろう。「月が溶けた」だけで、ああ泣いていたんだなと気付くのがグッとくる気がするが、これはあくまで私のセンスでものを言っているだけだ。(ていうかaikoに添削するなどおこがましいぞ私……)むしろ写実的であって、こちらの方がリスナーに絵を浮かばせやすい。
aikoの言葉によると、別れをダイレクトに想像しての涙と言うよりも、もっともっと色々言いたいけれど、それが言えなくて、そういう気持ちが切なさに繋がって涙腺をゆすぶった末の涙であるらしい。これから何をどう言えばいいのだろう。どんなことを話していけば? さようなら、そう言われるのが怖い。いつか、電話の最後のありがとうが、さようならになったら……。
そんな風に、そぞろな気持ちはまとまらない。まさに「言葉は夜空の道に迷う」だ。思えば、月が涙で溶けているのだ。位置を示す星もまた滲んでぼやけて見えないだろうから、「道に迷う」と言う表現はそのことも表しているのかも知れない。実に秀逸な表現だ。形にならない言葉は、すなわち想いは相手に届くこともない。ただ自分の心の中をぐるぐると彷徨うだけだ。
そうして行き着いた言葉「ねえ どこにいても/離れないでいてよ」はシンプルであるけれど、夜空に迷った、言葉に出来ない想い達が凝縮されていると容易に察せられる。「キラキラ」の「触れてしまったら心臓止まるかも」のフレーズを何となく思い出してしまう。
「離れないでいてよ」──想いの凝縮であり、同時に気持ちの総括だ。しかし、この言葉も電話が切れた今となっては、あくまで独り言に過ぎない。相手に届けたくても届けられないのだから、どっちにしても言葉は主人公の外には出られない。
んな、この名もなき独り言に意味を付すなら、相応しいのはやはり「願い」であり「祈り」なのだろう。涙の向こう側の溶けた月だけが、その儚き願いを見つめている。